『九』










『どうするんだ? 楓』

月影は静かに囁いた。
囁いたと言っても、他の人には聞こえていない。
聞こえるのは楓だけなのだがそれがわかっていても、月影の声は囁き声となっていた。
月影は焔の戦闘を実際に見た。
その実力をハッキリと知ったのだ。
さらには楓の知人のようである。

「やるしかないでしょうね」

月影をゆっくりと抜き放った。

「クロノス!」

突然焔が叫んだ。
呼ばれた本人は腹を抱えてうずくまっている。

「な、なんだぁ!?」
「腕!」

腹を抱えながら顔だけを動かして楓の腕に巻かれた包帯を確認する。

「何故俺様の腹を突いたヤツなんかの……。そもそも敵だぞ!?」
「対等にやりてぇんだよ」

焔は斧を肩に担ぎ、笑みを作りながらそう言った。
その笑みは大の男でも震えあがってしまいそうな、凶悪さを帯びた笑みだった。

「意味がわからん! 貴様は任務を遂行するという考えはない……」
「いいからやれ」

冷ややかに焔が言い放つ。
クロノスは何かぶつぶつと文句を言うと楓へと近づいた。
楓はそれに対して構える。

「おい! じっとしてやがれ!」

何故敵対する相手の言う事を聞かねばならないのか。
楓は自分へと伸ばされた腕へと刀を離して、自分からも手を差し延べた。
楓の包帯が巻かれた部分にクロノスの手が触れた瞬間、

「イデデデデデッ!」

楓はクロノスの腕を捻り上げて背中へと回った。

「イダイッ! オラ! やったぞ焔!」

一粒の涙を浮かべながらクロノスは焔に怒鳴った。

「おうっ!」

その言葉がかけられるとほぼ同時、焔は斧を肩に担いだまま駆けていた。
楓はそれに合わせてクロノスの背中を焔へと蹴りとばした。

「どっ」

それを確認した焔は斧を両手で構えていた。

「ちょ、ちょっとマ……!」

クロノスは慌てたが蹴り飛ばされ体制を崩し、身動きがとれない。
焔の斧は横手から迫っていた。

「っけぇ!」

鈍い音と共にクロノスが派手に吹き飛んだ。
どうやら斧の刃部で斬られた訳ではなく、棒状の部分で弾き飛ばされたのだろう。
一応、仲間といったところか。
斧を振りきったところへ楓の刀が肩口辺りから接近していた。
足の裏で楓の腹部を蹴り飛ばす。
楓は焔から離され、刀は空を斬った。
そこでふと気付いた。
後ろへと跳躍して距離をとる。
それから静かに刀を鞘に収めてみた。

「……腕が?」

包帯から腕に触れてみる。
痛みが無かった。

「俺様の素晴らしき力だ!」

焔に吹き飛ばされたクロノスが、倒れたままそう言った。
うつ伏せになってはいるが顔を上げて楓の腕を見ている。

「糞ったれ! 焔! 覚えてやがれ!」

すぐに焔を睨むとそう怒鳴った。
それからすぐに腹の痛みを思いだしかのようにうずくまった。

『よくはわからないが、ヤツの能力か何かで治したようだな』
「だから、対等ですか」

キッと焔を睨みつける。
焔は斧を担いだまま、楓を見つめている。

「……」

楓は黙ったまま自分の腕をみつめた。

「何戦何勝でしたっけ?」

穏やかな笑みを作り、楓は焔に言った。
スルスルと巻かれていた包帯を取り払う。
見事に傷は完治していた。

「忘れた!」

焔は上を見上げて大声で言い放った。
木々達が避けるようにして開けた空間。
その中心に裸の太陽が眩しく世界を照らしていた。

「そうですね。もう、関係ありませんね」

それはどういう意味で言ったのか。
これから対立しようとする二人の言葉としてはあまり相応しい言葉とは思えない。
それから楓は焔のように上を見上げた。
丁度、太陽が雲に遮られ隠れてしまった。

「今日は、月は見えますかね?」

それは誰に対して言った言葉なのか。
本人にもわからぬままその言葉は風と共に消え去っていった。
遠くから金属音が鳴り響く。
ソロネとゲーデは両者共無事なようだ。
ゆったりと雲が動き出し再び太陽に仕事をさせた。

「さぁ! やろうじゃないか!」

焔の声が森中に響き渡った。























ソロネの素早い剣捌きを、ゲーデは怯む事なくかわしていた。
縦に剣が振り下ろされれば横に移動し、横から薙ぐように振られれば後ろへと跳躍する。
鋭い突きに大してはその大きな武器、鎌で剣を弾く。
袈裟切りも避けられ逆袈裟もまた。
まるでゲーデにはソロネの次の行動が読まれているようだ。
いや、それよりもソロネはゲーデの手の中で踊らされているのではないか。
そう思えてしまう。
もちろん、ソロネの攻撃が人を殺めるには乏しい物なのではない。
クロノスが対象だとすれば一瞬で死神が迎えにくるだろう。
それでもソロネの攻撃は一回たりともゲーデに当たっていない。
かすりもしないのだ。

「お前のせいだ! お前のせいで……っ!」

ソロネの表情は憎悪の塊と化していた。
歯は血が滲み出るほどに食い縛られ、剣を持つ手もまた。
一瞬だけゲーデは悲しむような、哀れむような表情を見せた。
その頭の中ではどんな思いが展開されたのかは誰も知る由もない。
荒荒しく剣を立て続けに振りつづけるソロネ。
大きく振りかぶった刹那、逆にゲーデから接近をしてきた。
振り下ろす直前となった剣を大鎌で弾き飛ばす。
宙で回転しながら大きな弧を描き、太陽の光を反射させた。
風はなく、弧が崩れる事はない。
剣を弾いたその後、ゲーデは握り拳を作るとソロネの腹部へと重い一撃を叩き込んだ。
くるくると剣は宙で回転する。
ソロネの口から空気が吐き出される。
さらに丸まった体へ、背中から肘が叩き込まれる。
剣が地面に突き刺さるのとソロネが地面に崩れ落ちるのはほぼ同時だった。
咳き込みながら腹を抑え、ソロネは自分を見下ろすゲーデを睨みつける。
ゲーデはそれ以上追い討ちをかける事なくただ見下ろすだけ。


























それが始まったのは唐突だった。
何の合図もなく2人は同時に接近しあう。
1人は刀を腰に差したまま、1人は大きな斧を担いだまま。
2人は一直線に駆け寄った。
同時に武器を構え合う。
それらは全て始めから筋書きされていたかのような動きであった。
構えながら接近し、睨み合う。
1歩、1歩と自分の、又は相手の間合いへと詰め寄って行く。
そこに恐れなどない。
あるのは生を掴む為の戦闘本能だけ。
初めに動き出したのは焔であった。
大きく横に体を捻って斧を強く握る。
随分と大きな予備動作から生み出された斧の破壊力は凄まじい物であった。
予備動作で焔の次の行動を察知し、楓は刀を横からくる斧に対して両手で縦に構える。
横から来る斧を両手で刀を使って抑えようというのだ。
――……ブン
音は後からやってくる。
刀ごと楓は弾かれていた。
いや、吹き飛ばされていた。
有り余る破壊力は楓に地面を舐めさせるという結果にいたった。
月影でなければ刀は折れ曲がっていたかもしれない。
楓は咄嗟に起きあがる。
しかしそこには再び構えている焔がいた。
2撃目が、来る。
その予備動作はすでに完成していて、避ける暇などない。
楓は刀を持つ右手を引き、何ももたない左手を伸ばした。
――……
次は音は発せられなかった。
楓が焔の腕を掴み、地面へと叩きつけていた。
大きく振られるはずの斧を持つ腕が肘辺りで掴まれ、その勢いを利用された。
楓は掴むと同時に身を屈めながら背を向けて焔の体に背をピタリとつける。
そのまま楓の背中を伝わり、勢いに乗って焔は投げ飛ばされていた。
恐ろしいほどの破壊力を作るための勢いを利用した投げは、どれだけの威力を伴うのだろう。
背中から叩きつけられた焔は苦しそうな表情を浮かべた。
激痛が体中を走り回る。
しかし焔はすぐに立ちあがった。
痛みなど、怖くない。
死に比べれば。
それらはいくつもの戦闘を繰り返してきた楓達にはごく当たり前の事だった。

























クロノスは2組の戦闘をボンヤリと眺めていた。
今の内に奇妙な箱を奪ってしまおうという考えはおきないのだろうか。
又、少女も2組の戦闘を見守っていた。
その表情からは感情を読み取る事ができない。


























楓は休む暇を与えずに焔へと接近していた。
刀を右肩から袈裟斬りに振り下ろす。
焔は斧を分離させ、小刀でそれを受けた。
右手で小刀を扱い、左手で斧を軽く宙で回転させて持ちかえる。
横に薙ぐようにして楓へと斧を振りきった。
楓はすでに後ろへと跳躍していて斧は目標をかすめる事さえできなかった。

「やっぱり変わらねぇなぁ」

焔は楓を懐かしむようにして言った。

「力、早さ、両者共にこっちが上」

自慢でもしているような言葉だった。
しかし口調からはそんな色は全く見られない。

「けれど、私にはいつも勝てない……。違いますか?」

楓がパッパッと、服についた砂埃を払った。
それから刀を鞘に収めた。

「言うじゃねぇか」

焔は楓に憤慨する様子もなく、笑みを作りながら言った。

「事実、そうですし」

楓が追い討ちをかける。

「はっ! 今日こそ決着をつけてやるよ」
「今まで私が勝ってたのは夢でしたっけ?」

楓が腰に手を当てて口を尖らせて言うと、焔は豪快に笑った。

「夢、夢! これから夢になるんだよ!」
「なるほどね」

楓は片目だけ閉じて焔を見据えた。

『全勝しているなら問題はないな』

静かに月影が言い出した。

「いえ、あれは全て試合です」
『試合、だと?』
「試合であって、決闘ではないんですよ。つまり、真剣とか使った訳じゃないんですよ」
『ルール上では勝ってた?』
「そう」

静かな会話を済ませ、楓は深く息を吸った。
それから同じように大量の空気を吐き出した。

「来いよ」

焔が楓に挑発するように言い出した。
楓はゆっくりと焔へと歩いて行く。
刀は鞘に収めたまま、右手はぶらりと下げて左手は鞘に当てられている。
1歩、また1歩、楓と焔の距離は近づいていく。
距離が1mかそこらになったところで楓はピタリと足を止めた。
楓と焔の視線が合った。
楓の目には焔が映り、焔の目には楓が映っている。
又、それ以外は映っていない。
しばらくの間、静寂が続いた。
どちらもピクリとも動かず、表情も変えない。
クロノスがごくり、と唾を飲み込む。
走り出したのは、両者同時だった。
しかし両者共に驚いた様子は全くない。
それは当然だと言わんばかりに2人は接近しあった。
1mそこらの距離は走るには短すぎる距離だ。
だが、走ったという表現は正しいだろう。
たった1歩踏み出すだけなのだが、それでも両者共に自分の限界の動きだった。
焔は踏み出す直前に斧を振りかぶっていた。
それはほんの少しの予備動作だったが楓には見切られていた。
踏み出すのと同時に焔は斧を振り下ろし、楓は横へと流れるように体をずらす。
楓の髪を数本切り裂き、斧は地面へと突き刺さった。
横に移動した楓は体制を崩さずに瞬時に右手を柄へと移動させていた。
そして、左手で勢いよく鞘を引き、右手で刀を抜き放った。
2つの反発しあう力が生み出したそれは爆発的な力と早さを生み出した。
だが、楓は一瞬だけ躊躇した。










焔を、斬るのか?











生み出された力と早さは楓のその戸惑いで半減していた。
焔の小刀が楓の攻撃を防げたのはそのおかげであろう。

「ふざけるなぁ!」

焔の怒号と共に楓は腹部に蹴りをまともに受け、足の力を失う。
刀を地面に突き立てて倒れるのを防いだ。
すぐさま焔の攻撃が楓の体を吹き飛ばした。
斧の平で楓を殴りつけたのだ。
意識が飛びそうになるほどの痛烈なダメージを受けながら、楓は地面に伏した。
体が上手くいう事を聞かず、腕と足に力が入らずに立つ事ができない。

「コレであいこだ! さぁ! 立て!」

斧を地面に付きたてて焔が喚く。

『楓!』

楓は必死に立ちあがろうとしていた。
だが、そう簡単に体のダメージは消えやしない。

「なんで斬るのを躊躇った!? 今お前は勝ったはずだ!」

怒鳴りながら斧を担いで楓へと歩む。

「さっさと殺せ」

クロノスがようやく動き出していた。
箱を手にとって焔へ指示を出す。

「わかったよ」

焔は苛立たしげに舌打ちをする。
斧が高々と掲げられた。

『楓ぇ!』

月影の叫び声も虚しく、焔の斧は楓へと一直線に振り下ろされて行った。
しかしその斧が楓を2つに切り裂く事はかなわなかった。
楓は地面の上を横転し、斧を避け、すぐさま立ち上がった。
斧の平で殴られたこめかみを抑えながら。

「そうだよ、立てばいいんだよ」

焔は満足げに頷きながら言った。
楓は静かに呼吸が整うのを待った。

「おい! 何やって……」
「うるせぇぞ!」

クロノスの言葉は焔の怒号にかき消された。
焔のその顔は嬉々とした笑みを浮かべている。
クロノスは怒号に尻餅をつく。

「仕事優先だろうが!」

それでもクロノスは引けを取らずに喚きだした。
焔はクロノスを一瞥してからすぐに楓へと向き直った。
睨まれたクロノスはそれだけで騒ぐのを止める。
視線1つでクロノスには伝わったらしい。
邪魔をするのなら……

『楓、無事か?』

そんな中、月影が楓の様子を伺った。

「まぁ、なんとか」

ゼェゼェと息を切らせながら言うその言葉に力は感じられなかった。

『どうするんだ?』
「そうですね……」

ゆっくりと鞘へと刀を納める。
楓は月影を握り締めた。

「先手必勝、ですかね」

そう言いながら地面を蹴った。
2、3mの距離は一瞬で縮まってゆく。
焔は斧を力強く握り締め、斧を下方から繰り出す。
それが振られる前に楓は焔の体に自分の体を密着させていた。
楓の突進は、焔の体を突き飛ばす形となった。
振ろうとした斧が手から離れ、宙に舞う。
楓は突進の勢いを緩めず、突き飛ばされた状態の焔へとさらに接近した。
右足を踏み込み、左手で鞘を後ろへと抜き放ち、右手で刀を滑らせるように抜いた。
その幾つもの要素が生み出された力を乗せた刀は、ほぼ零距離から放たれた。
丁度、焔の右脇腹から左肩へと刀は綺麗な刃筋を描いた。
焼けるような熱さをともなった鋭い痛みだった。
他の体の個所が寒さを覚えるほどである。
手で抑えても出血は全く止まろうとしない。
血管が切断し、深深と肉を抉り取って行ったのだろう。
あの、楓の刀が。
焔は歯を食いしばりながら立膝をつき、楓を睨みつけた。
楓は冷たい視線で焔を見据えたまま刀を振って血を払った。
もし、焔があの時咄嗟に後ろへと跳躍していなかったらどうなっていただろう。
それを想像するだけでもゾッとする。
膝に手をついて立とうとするが足に力が入らない。
舌打ちをしながら楓を見上げた。
楓はゆっくりと近づいてくる。

「これで、いいんですよね」

その目はいつのまにかに哀しみを伴った目になっていた。
刀を握り締め、中段に構えた。
刀の切っ先が焔の頭に刺さりそうなほどに近い。
楓は静かに冥想でもするかのように目を閉じた。
何かを言おうとしたように口を開ける。
しかしそこからは何の言葉も出なかった。
横一文字に口を閉ざしてから目を開けた。
焔は黙ったまま楓を睨んでいる。

「いいんですよね……?」

楓は焔の目に訴えかけられるようにして言った。
焔の口が静かに開き出した。
―刹那。
甲高い音が響き、楓の刀が宙を待った。
くるくると回りながら地面へと落ちてゆく。

「良くはないんですよ」

現れた男はサングラスを指で押し上げながら銃を楓へと向けている。
【False truth】(嘘の真実)、カレイド・キルクだった。
銃弾は刀を弾き、刀は地面に突き刺さった。
カレイドは銃を向けたまま楓へと歩み寄った。
楓に銃を向けたまま焔の前に立つ。
楓は親の仇を睨んでいるかのような顔つきだった。

「な、んで来たん……だよ」

カレイドの背中に焔の今にも消えてしまいそうな声がかけられた。

「なんでって、酷いですね。仲間がピンチの時に来なくてどうするんです?」

銃口の向きだけは変えずにカレイドは焔へと視線を移した。

「それにしても、酷いやられ様ですね。知り合いだからと言って手加減はしては駄目じゃないですか。……ああ、動かないでくださいよ?」

地面に突き刺さった刀に手を伸ばそうとした楓の動きをカレイドが制す。

「相変わらず、よく喋るんですね」

苦痛を堪えているような苦笑いをしながら楓は言った。

「まぁ、人それぞれ個人には性格という物がありますからね。私は喋らずにはいられないんですよ」

目がサングラスで隠されていて見えない。
口は笑ってはいるが本当に笑っているかどうかは疑わしい。

「ゲーデさんも動かないでくださいよ?」

銃口も、視線も楓へと向けたまま。
しかし、背後に迫ろうとしていたゲーデをカレイドは見抜いていた。

「ソロネさんは負けたんですか……。せめてもっと耐えてくれていれば良かったのに」

酷く残念そうに言う。

「どうする、つもり?」

ゲーデが静かに言った。
楓が撃たれようが、今にもカレイドに襲いかかりそうだ。

「そうですね。引きましょうか。欲しい物は手に入れた事ですし」

ハッとなって楓は箱のあった方へと顔を向けた。
そこにあったはずの箱はなく、クロノスの姿も見当たらなかった。

「何処に……ッ!」

楓が振り向いた時には、焔とカレイドの体は影の中へと沈んでいた。
太陽を大きな雲が覆い、地上は雲の影で覆われていた。

「全く……これじゃぁ運送屋みたいじゃない……」

【Shadow usage】(影使い)、ユーラ・バレンティンの呟きが森の中を木霊した。


























そこは静まりかえった町だった。
辺りには人気が全くなく、鳥や獣さえも見当たらない。
そんな町のとある宿の一室。
そこに青い髪の少女と黒い、死神を連想させるような女性がいた。
この宿にも、彼女達以外には誰もいないようだった。
もちろん、客がいないという訳ではなく、人が全くいない、という意味だ。
青い髪の少女、イリスは1度だけ死神、ゲーデを見つめた。
感情のこもっていないその瞳に見られ、ゲーデは体を強張らせる。
しかしそれは一瞬の事で、ゲーデは誤魔化すように窓の外へと視線を移した。
時間だけが静かに流れゆく。
二人共全く口を開かなかい。

「沢山ありましたよ」

静寂を破ったのはそんな声だった。
楓が部屋の中に入ってきた。
両手で沢山の食料を抱えている。
人のいなくなったばかりのこの村のあちこちから、頂戴してきたのだろう。
ベッドの上に食料を置いた。
イリスは興味深そうにそれらに手で触れた。
楓はそれを見てからゲーデへと顔を向ける。

「えっと、ソロネさんとは何かあったんですか?」

楓が躊躇いがちに聞く。
ゲーデはゆっくりと目を閉じた。
しばらくの間誰も身動ぎ1つしなかった。
イリスでさえも食料に触るのをやめてじっとしている。
ゆっくりとゲーデの口が開いた。

「昔にね、いろいろとあったのよ」

ゲーデはそれだけ言ってベッドの上に腰掛けた。

『それだけでは説明になってないのではないか?』
「……」

月影の言葉にゲーデは何も答えない。

「お腹空いたんで食べちゃいましょう」

楓はそういってベッドの上の食料の中から固形の食べ物を1つ掴んで口に入れた。
それはとても苦かったらしく、楓は顔を濁らせた。

「私は遠慮しておくわ」

ゲーデはゆっくりと部屋から出て行った。

『楓……』

月影の恨むような言葉。

「何か辛い事でもあったんでしょう。言いたくない事を無理に言わせるのはあんまりじゃないですか?」

楓は同じ物を1つ摘んだ。
すぐに顔が濁る。

『しかし』

イリスも楓と同じ物を1つ口に入れる。
なんとも思わなかったようで、表情は変わらなかった。

「余計な詮索はしないほうがいいんですよ」

楓がイリスの髪を撫でた。



























楓達と同じ宿の別の一室。
ゲーデはベッドの上で横になっていた。
右腕を自分の額の上に置いて天井を睨んでいる。
じっと身動ぎ1つせずに睨み続けている。
その瞳から一筋の暖かい液体が流れ出した。
それは頬を伝わり顎へと向かい、そして喉から胸へと伝わって行った。
たった一滴だった。
その一滴1つで悲しみという感情全てが流れ落ちて行ったようだった。
ゲーデは指で涙の後を撫でた。
その軌跡は顎から瞼へと。
目元でピタリと指の動きを止める。
それから両目を手の平で覆った。
黒い、暗黒の世界を目の前で展開させた。
窓から光が差し込んで、ゲーデはその光を浴びていた。
確かに浴びている。
だが、そこは闇そのものだった。
どうしようもないほどの、そして、もう取り戻せない過去に囚われた闇。
もう一滴、涙が流れた。
ゲーデの口がゆっくりと開く。
涙はその口の中へと自然に流れていった。

「違う、私じゃない」

静かに、しかしハッキリとゲーデは呟いた。










説明と登場人物紹介、及び補足等(Rupture編)













「八」戻る「壱拾」





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