『八』











ソロネはゆっくりと手を差し延べた。
しかし差し延べられた相手はその手を握ろうとしない。
それどころか全く興味外といった様子だ。
一向に楓の手を離す気配がない。

「なぁ〜んで私にはなついてくれないの?」

ソロネは困ったような顔を見せると楓と少女に背を向けて再び歩みを再開させた。

『お前が怖いんだろ』
「あ、それ酷い」

少女と、和服を着た人間と、全身白の人間と、さらに意思を持つ刀。
奇妙な組み合わせはゆっくりと町から離れていく。


























赤い和服を着た女性とやたら背が高い癖にヒョロヒョロとして痩せた男が森の中を歩いていた。
女性のほうは肩に物騒な物を担いでいる。
斧だ。
巨大な斧。
その斧は特殊な作りでできており、小刀と斧との2つの武器に分ける事ができる。
女性の名前は焔という。

「なぁ〜、ホントにこっちでいいのか?」
「間違いはないはず……」

焔の問いにノッポの男は地図と周りをちらちらと見比べながら言った。
森の中の地図なんてあるのだろうか。
ノッポは焔とは違い、武器を一切所持していないようだった。

「間違えてたらどうしてくれようか」

焔は先程から一向に目的地へと着かない事に苛立ちを覚え、事あるごとにノッポへと愚痴をこぼしていた。

「おかしい。明かにおかしい。この俺がちゃんと地図を見ているはずなのに何故つかないんだ?」
「っつうかさ、それって森の中まで案内されてんのか?」

ノッポは自分が手にしている地図を凝視した。
森は森、としか書かれていない。

「なんだこの地図は! ふざけるな!」

地図を地面に叩きつける。
そして勝手に憤慨したまま1人で先に行ってしまった。
道がハッキリとわかっていないまま。
残された焔はため息をつきながら地図を拾った。

「……どうやったらこうやって迷えるんだ?」

目的地までは明らかに森を通らずに行ける場所だった。
地図をよく見れば、2人はわざわざ遠回りをしてまで森の中に入ってしまっていたのだ。

「やっぱり、いつか殺す」

斧を担いだまま先を行くノッポの後ろを歩き始めた。
木々の間から差し延べられる太陽の光がとても眩しい。
片手で光をさえぎながら空を仰いだ。
今にも多い被ってしまいそうな木達の間から見える雲と青い空……
「あっ!」と、突然ノッポの声が行く先から聞こえて焔は顔をしかめた。
しかしあまり気にせずに再び上を見上げて空の観賞を楽しもうとした。
焔は空を仰ぐのが好きだった。
「わぁっ!」しかし次の叫びには顔をしかめるだけでは済まなさそうであった。
1度だけ小さく舌打ちすると急いでノッポの元へと駆けた。
そこは森の中で、ぽっかりと丸い雲の中心がドーナツ型に開いてしまったかのような場所だった。
開けた木々の中心には一つの四角い箱のような物が転がっている。
それを囲むように血だらけの死体がいくつか転がっている。
死体はどれも人とは異なるモノのようだ。
ハルピュイアと呼ばれる【unfamiliar】達だ。
ハルピュイアは平たく言えば女性の顔を持つ二足歩行可能な鳥だ。
長く鋭い爪で獲物を捕獲する。
いつも群れを成している魔物である。
そのハルピュイアが全て死体となって転がっている。
そして焔の目を引いたのはそれらではなく、ノッポとそれに武器を向ける人物だった。
綺麗な弧を描いた刃物が、長い棒状の物から突出している。
なんとも奇妙な武器だった。
ノッポと一緒にいる人物は奇妙な武器、大鎌をノッポへと向けたまま静かに睨んでいる。
その武器を手にする女性は黒い髪、黒い瞳、そして服までが黒。
前身黒ずくめの女性であった。

「大人しくそれを渡してもらおうか!」

ノッポは向けられた大鎌をちらちらと見ながら勇ましく言った。
先程の大鎌を向けられた時に叫んでしまった声を誤魔化す事はできないだろうに。
黒い女性は転がっている箱を一瞥した。

「……これは、駄目」

静かに言い放つと焔へと視線を向ける。

「渡さないってんなら痛い目みるんじゃない?」

目を向けられた焔はニヤリと笑みを浮かべながら言った。


























「う〜ん……」
『……おい、なんで森の中を通らねばならんのだ?』

楓は地図を見ながら何度も頭を捻っていた。
ソロネは必死にイリスをなつかせようとしている。
手を何度も差し延べるが楓の手を握ったままソロネには見向きもしない。
頭を撫でようとするがすぐに逃げてしまう。

「この地図によるとですねぇ、こっちでいいはずなんですが」
『何度も聞いたぞ、そのセリフは』

楓達は町を出た後、近くの町へと向かっていた。
周りは森や巣穴だらけであったので急ぎたい所なのだが、楓が地図を持ったせいでこうなってしまったのであろう。
森を通るには、かなりの遠回りになってしまうのだ。
楓には地図を見る能力が乏しいらしい。

「ま、なるようになりますよ」

そう言うと楓は先頭をきって歩き出した。
焔達のいる空間へと。



























こうして彼らはばったりと出会ったのだ。
偶然なのか、必然なのか。
どちらにせよ、ノッポと楓という間抜けな人物がいたからこその出会いだったのであろう。

























『お、おい。楓』
「ちょっと黙っていて下さい」

楓はゆったりとした足取りで地図を眺めながら歩いている。
周りの状況には気付いていない。
月影は早々に気付いて楓に声をかけたのだが楓は一向に気付く気配などない。
地図を見ながら顔を上げる事さえもしない。
だが、周りに異様に殺気だった気配を感じ、ふと顔を上げた。

「ほ、焔……?」

顔を上げた先には赤い和服の女性が立っている。
そしてその焔の視線の先には、

「ゲーデさん?」

さらにゲーデに大鎌を向けられている男が1人。

「誰?」

殺気だったこの場所にあまりにも似合わない間抜けな言葉。
これはとてもマズイ状況なのではないだろうか。
両者とも自分の知人。
それが2人共相対していて尚且つ、両者共にかなりの殺気を発している。
そこへ水を差すような自分の間抜けな言葉。
まさか殺気の矛先が自分に来ないにしろ、あまり自分の身に良い事は起こらなさそうだ。

「誰とは何だ。この美男子を捕まえて」

1人だけ殺気など全く放たずに、ノッポは憤慨した。

「この美男子こと俺様は、《シュバルツバルト》の若きエース、クロノス・プセウドス様だぞ!?」

クロノスは勇ましく胸を張って見せた。

「うっさいよ」

焔はジロリと自称美男子を睨みつけた。
クロノスはそれに対しさらに胸を張ってみせた。
……何か勘違いしたのだろうか。
何にせよ、状況を把握していないのは楓だけのようである。

「えっと、これは一体?」
『それが原因か』

月影が何を差したのか、楓は理解できなかった。
だが楓はゲーデの足元に箱のような物を確認した。

「あぁ! 壊さなきゃ!」
「……そのつもり」

楓の慌てた言葉にゲーデは落ち着き払った言葉で対処した。

「そうはさせん!」

しかしクロノスは慌てたようだった。

「なぁ、アレが本当に必要なのか? ただの箱にしか見えないぞ」
「当たり前だ! このクロノス様の名にかけて回収するのだ!」

疑心に満ちた焔の目をよそにクロノスは自身満々に言った。
それを回収するのが自分ならさも簡単だ、とでも言うように。

「ゲェェェデェェェ!!」

その雄叫びのような声で、殺気立っているのかいないのか微妙な空気が一気に崩れた。
その雄叫びの主はソロネの声だ。
と楓が気づいた時にはすでにソロネはゲーデへと肉薄していた。
楓の視線がソロネの来るはずだった方角へと向けられる前に、すでにソロネは白い風と化していた。
楓が振り向いた時にはすでにソロネは駆けていて、視線の中には入らなかった。
いるのはポツンと取り残され、それでも無表情のまま固まっているイリスだけであった。
ソロネは接近すると同時に片手に剣を生み出していた。
ゲーデへと逆袈裟に斬りかかる。
ゲーデは余裕をもってそれを避けると初めて武器を構えた。
大鎌を、ソロネの斜め下方から持ち上げるようにして振りきった。
風を斬る音と共にソロネの服の端を切り裂いた。
どうやら内側だけでなく外側も鋭利な刃部となっているようだ。
内側を相手に向けて引く動作ではなく、ただ単に《斬る》という動作があの武器でも可能になっている。
布と空だけ切り裂いた鎌は大きく上に上がり、ゲーデの胸から下半身にかけて無防備になっている。
そこへソロネが突きを繰り出した。
しかしまるでその行動が見抜かれていたかのようにゲーデは横へと移動し軽く避けた。
振り上げた鎌を片手で持ちつつ横手からソロネの脇腹へと拳を繰り出す。
みごとに拳は脇腹に突き刺さり、ソロネは苦しそうにもがく。
ゲーデは片手で大鎌を操り横から大きく勢いをつけて鎌を振った。
脇腹への殴打によって一瞬隙をつかれたソロネだが、その鎌の接近には悠々と剣を構えてガードした。
ガードするや否やすぐに足の裏でゲーデを突き飛ばして間合いをはかった。

「ソ、ソロネさん! 何をしてるんですか! ゲーデさんも!」

そんな楓の言葉を余所にソロネは再びゲーデへと接近していった。
ゲーデの腕がピク、と動くのを確認すると上半身を屈め地を這うような姿勢になる。
その頭上を轟音に近いと思われるほどに凄まじい風を切る音が通り過ぎる。
ソロネはゲーデの攻撃をやりきるとすぐに身を上げて接近を再開した。
勢いよく大鎌を振りきったにも関わらず、ゲーデはその反動が嘘であるかのように全く動じなかった。
大きな反動は腕から体に伝わり、下手をすれば転んでしまうだろう。
そうなってもおかしくないほどに、その振りきられた大鎌は勢いがついていた。
それでもゲーデは動かなかった。
ソロネは一気にゲーデへと詰め寄ると突きを再度繰り出した。
今度は振りきるような突きではなく、軽く牽制の意も混ぜられた突きだった。
突き出すとすぐに腕を引き、また突き出す。
まるで雨のように鋭い突きが何度も繰り出された。
しかしゲーデはそれを全て大鎌で防いでいる。
何度も金属と金属がぶつかり合う音が木霊した。

「さて」

突然戦い出した2人を止められるはずもなく、ただ唖然と見送っていた楓に声がかけられた。

「こっちはソレを欲している。しかし、楓はそれを壊したいと思っている」

焔は転がっている箱に視線を這わせた。

「《こっち》?」
「ああ、《こっち》だ」

クロノスがゆっくりと箱めがけて歩んで行く。

「《こっち》とは、どういった事でしょうか」

勇ましく胸を張ったまま、自分の信念を貫いて行く、そんな事を口に出してしまいそうなほどにクロノスは堂々としている。
そして箱に手を伸ばした。

「《こっち》は《こっち》だ。つまり、楓、お前の敵になったみたいだ」

焔は斧を地面に突き付けた。
ドス、と鈍い音が聞こえ、それと同時にクロノスが腹部を抑えた。

「それは、本気なんですか?」

月影の柄の部分でクロノスの腹部を突いた楓が言った。

「もちろん」

焔は不適な笑みを浮かべた。


















「七」戻る「九」







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