ハァ…ッ! ハァ……ッ! ハァ………ッ!
逃げども逃げども追いかけてくる。
ヤツラは追うのを止めない。
息が切れる。
とても苦しい。
ハァ…ッ! ハァ……ッ! ハァ………ッ!
ヤツラはそんなに早くない。
私とそんなに変わらない。
つまずくとすぐに捕まる。
足を休めても捕まる。
ヤツラは付かず離れずといった感じで追いかけているようにも思えた。
それはとても怖い。
ずっとずっと、ずっとずっと、永遠と全速力で逃げつづけねばならない。
大人は役に立たなかった。
話を聞いてもくれない。
私の言う事などちっとも信じちゃくれない。
いっつも「救世主様、救世主様だ」。
何が「救世主様」だよ。
こんなにちっぽけな少女一人救う事などできないなんて馬鹿げている。
「救世主様」は全て掃除した、と言っていた。
私の思った通り、それは全て嘘っぱちだった。
しかし大人は「救世主様」を信じ、私の事など信じない。
いや、大人だけじゃない。
子供達だって「救世主様、救世主様」だ。
意味がわからない。
突然何だってんだ。
嘘吐きでちっぽけな少女を一人助けられない「救世主様」なんていてたまるか。




青い髪の少女は必死に逃げていた。











『弐拾参』










「あんた、この町じゃ武器なんていらんよ」

紅茶をすすっていた楓に一人のふくよかな女性が声をかけてきた。
歳は40代前半といった所だろう。

「そうなんですか? そういえば武器を持った人を全然見かけませんね」

一口紅茶を口に含む。
女性はテーブルに置かれていた刀、月影を手にした。

「危ないねぇ」

まじまじと見つめ、そう言ってからテーブルの上に戻した。

「この町にはね、【救世主様】がいるんだよ。だから武器なんて必要ないのさ」
「【救世主様】?」
『聞いた事あるか?』

月影の声は楓の脳の中に直接語りかけられ、目の前の中年の女性には届いていない。

「聞いた事ありませんね」

楓は2人に言った。

「素晴らしい方よ。なんてったって町を襲った【魔物】をたった一人で全部追っ払ったのよ? 嘘じゃないわ。この目で全部見たもの」
「それは凄い方ですね」

楓は中年の女性に向かってニッコリと微笑んだ。

「ええ、凄く、素晴らしい方よ」

中年の女性もニッコリと微笑み返した。

「まだこの町に滞在しているのですか?」
「ええ。いるわ。この町で最も高級なで最も清潔なホテルに泊まってると聞いたわ」

楓は顔をしかめた。
自分はこの町で最も安く、最も汚い宿だ。

『さすが【救世主様】だな。楓とは大違いだ』

皮肉たっぷりの言葉が脳に語りかけられる。

「良かったら、今度お会いになってごらんなさい?」
「ええ、そうします」

絶対嫌だ。
言葉とは裏腹な事を考えていた。
中年の女性はどこかへ歩いて行ってしまった。
大体、何が《最も高級で、最も清潔》だ。
そういうのに泊まる人に限って嫌なやつが多いのだ。
勝手にそう思い込んでいた。

「【救世主様】が来てからどれくらい経ったと思う?」
「ん〜、5、6ヶ月?」
「それくらいだろうな。ずっとその間この町は平和だったしなぁ」

ここはこの町唯一の喫茶店となっている。
この町自体小さいから仕方のない事なのだが、ホテルや宿は多い。
それもそのはず、この町周辺には町はおろか、小屋一軒さえない。
山に囲まれ、周辺に【巣穴】がたくさんある。
北東と南東の山々を越えると町がいくつもある。
だが、西と東の山の向こうは何もない。
青く広い海だけだ。
だからこの町は貴重で、ホテルや宿が多い。
周りに【巣穴】がたくさんあるからあまり町を大きくする事ができない。
そんな町で喫茶店が一つしかない。
たくさんの人で賑わっている。
楓は店内ではなく、外に設置されたテーブルと椅子のセット。
そこでくつろいでいた。
注文したのはやはり、紅茶だ。

『【救世主様】は大人気だな』

2つか向こうのテーブルに座る男3人組の話を聞き、月影が言った。

「どこもかしこも、【救世主様】、【救世主様】ですね」

そう言って空を見上げた。
雲一つなく、晴れたいい天気だ。
だが、空気が淀んでいる。
汚い。汚れた空気で充満していた。

『やはり、周期が早まっている』
「来ます、ね」

楓は月影を片手で腰に差すとレジへ行って代金を払った。
紅茶しか頼んでいないのでそんなには高くない料金だった。

『この町を出るか?』
「ええ。そうしないと迷惑かかりますよ」
『しかし、周りには【巣穴】が沢山ある。誰も私達のせいだとは思わないだろう』
「そういう問題じゃありませんよ。この町の人々に迷惑をかけたくない。それだけです」

楓は町の入り口に向けて歩を進め始めた。

『【救世主様】は来るかな?』
「どっちだっていいですよ」
楓は少々苛々しながら言った。



























「どちらへ?」

面倒くさそうに宿の主が言った。
煙草の煙を天井に向けて吐いている。

「ちょっと町の外を散歩してきます」

片手で器用に月影を腰に差した。
左腕はまだ完治していない。
自分で巻いたのだろうか。
今にも解けそうで解けない、そういった感じに包帯が巻かれている。
右腕はナイフで抉られた傷だったが、跡が残ったものの大した傷ではなかった。

『片手で大丈夫か?』

宿を出た所で月影が言った。

「大丈夫か? と言われましてもこの町を見捨てる訳にはいかないでしょう?」
『しかし、【救世主様】とやらに任せたほうがいいのではないか?』
「呼び寄せたのは私達ですよ?」

町の出入り口へ向かって歩く。
入る時は気がつかなかったが出入り口には《【救世主様】ご滞在の町》という看板があった。

























片手での鞘からの刀の抜き方を確認する。

「さて」
『太陽を背にした方角にいるな』

楓は空を見上げて太陽の位置を確認した。
丁度町の方角に太陽がある。
真直ぐ行けば出会うという事になるだろう。
そちらにふと目を向けると煙が立ち昇っているのが確認できた。
灰色の煙。何かを燃やしているのだろうか。
焚き火?
楓はそこへ向けて歩を進めた。
次第に煙へと近づいて行く。
同時に、そこに誰が、いや、何がいるのか見え始めてきた。
沢山の人影が確認できた。
だがその人影は人ではなかった。
姿形は人に酷似しているのだが耳が尖っており、1対の小さな角を生やしている。

『ザファンだな』

人に酷似した【unfamiliar】、ザファンは知能が高く、それ故に人のいる場所にはあまり近づこうとしない。
二足歩行で移動し、手で物を掴む事が出来る。
ほとんど人と同じ構造でできていると言われている。
だが決定的な違いがあるとすれば、それは言語能力だ。
彼らは共通の言葉という物を持たない。
全て手の動作で伝えようとしている。
言語能力がないという事は進化上の必要な物が1つ欠けていると言っても過言ではないかもしれない。
単なる進化などではなく、急激な進化だ。
人は言語能力を手に入れて急激な進化をもたらした。
だが、ザファンにはそれがない。
知能は高いのだが進化はできない。
そういった【unfamiliar】だ。
そして彼らは争いを好まず、人の存在する町や《巣穴》の近くには寄りつこうとはしない。
自分から襲う事はないが身の安全を守る為であれば戦う。
ザファンは自分の両目の上にある1対の角の存在のせいで視覚能力も低い。
何故角があるかは謎だが、角がある生物はほとんど視覚能力が低い。
ザファンもその一員だ。
楓は視覚能力が低いという事を知り、ゆっくりとザファンの群れに近づいていった。
ザファンなら町が襲われる事はないだろう。
だが、ザファンという生物は大抵は5、6匹で生活している。
多くても10匹といった程度だろう。
しかしこの群れは違った。
少なくとも30匹以上は確認できる。
胸騒ぎを抑えつつ、楓はザファンへと近づいて行く。
見つかったとしてもこちらが何かをしなければ襲われる事はない。
それも楓は熟知している。
今まで数匹のザファンと出会ったが戦闘をする事なく、何事も起こらずじまいだった。
楓はそっとザファンの群れに近寄って行った。
あくまで様子見だ。

『……何だ?』

ザファンの群れの中心に誰かが倒れている。
ザファン達はその人物に何をするでもなくただ取り囲んでいた。

「女の……子?」

咄嗟に刀を抜いた。
その少女は無危害なはずの魔物の群れの中心でぐったりと横たわっている。

『これは……おい、楓!』

楓は月影に有無を言わせずに飛び出して行った。
少女を助け出さなければならない。
抜いた刀を片手で構えながら群れの中心へと走って行った。
ザファン達は急接近する楓にすぐに反応した。
接近する楓に最も近い1匹が前に出た。
戦うつもり、なのか?
楓は接近しつつもザファンの習性は知っている。
好んで戦うような種族ではないはずだ。
群れに武器を持って突っ込んでくる。そんなヤツは敵に決まってるじゃぁないか。
自分で自分のやっている事を考え、走りながら笑みを浮かべた。
片手でこんな大勢をやれるのだろうか。
そんな状況下で良く笑っていられるな。
まるで他人事のように思った。
前に出たザファンの前で急停止する。
楓の接近に向けられていたザファンの腕が目の前で空を切った。
ドス、と腹部に真直ぐに刀を突き立てる。
腹部を抑えるザファンを足蹴にし、刀を引き抜くと同時に蹴り飛ばす。
体の力を失ったザファンはいとも簡単に刀から引き離され仲間の元へと帰ってゆく。
ただし、瀕死になってだ。
それが引き金となり群れは一つの対象を捉え破壊する事を誓った。
無言、無音のまま怒りと憎悪だけが楓の周りに溢れかえる。
咄嗟に身を屈める。
拳が獲物を捕らえる事ができずに空だけを切り裂き、反動に体が制御できずにたたらを踏む。
バランスを崩した1匹に楓は屈んだ状態から右脇腹から左肩にかけて逆袈裟に斬る。
腕は振り切ったまま刀を宙で回し逆手に持つ。
そして後ろに突き立てる。
背後から迫っていた一匹の胸に刀が突き刺さる。
刀を手放し、胸に大きな傷を負ったザファンを蹴り飛ばす。
横手から繰り出される蹴りを下からの掌底で打ち上げる。
足をすくわれたザファンは足を滑らせ地面に背をつける。
そこへ容赦のない拳が腹部へと滑り込む。
突進してくる1匹に右肩を強打するが、軸をずらし巧く捌く。
背を向けるザファンの後ろの首筋に手刀を打ち込む。
突き刺さったままだった刀を引き抜く。
大量の血が溢れだし楓にかかるが気にもとめずに次に襲いかかるザファンに対して目を向ける。
高く跳躍していたザファンの繰り出された拳を腕から切り落とす。
下から迫り来るつま先を体を仰け反らせて紙一重で避け、脇腹に刀を持ったままの拳を当てる。
怯んだザファンに、もう1度殴るような形で刀で斬る。
あと何匹?
咄嗟にそれを数える暇もない。
突如襲いかかってきた足払いに反応できず片足を持って行かれる。
バランスを崩し地面に肩を打ちつける。
顔のすぐ上にザファンの足の裏が見えた。
人とあまり変わらない大きさなのだがそれはとても大きく、不気味に見えた。
振り下ろされる足を足首から刀で切り落とす。
刀を振る為に振った腕の反動のまま、横に転がり振り下ろされる足首から下のない足を避ける。
横ばいになった体にザファンの蹴りが打ち込まれる。

「ガァ……ッ!」

肺の中の酸素が口から吐き出される。
予想以上の激痛に腹筋が悲鳴を上げた気がする。
苦しい。だが蹴りを下したザファンの足を掴み、一気に横手へと引っ張る。
足を引っ張られ体の重心が移動し、バランスを崩し、挙句そのザファンも地に伏す。
代わりに楓は立ち上がり刀で転がったザファンの首を跳ねる。
後ろから襲いかかるザファンの腹部に足の裏をめり込ませる。
腹部を抑えつつよろけるザファンの胸に刀を突き立て、横に薙ぐ。
ザファンの胸が割れ、同時にすぐ横手のザファンの肩に刃が食い込む。
骨に上手くあたり、刀の進行が止まる。
手が切れるのを恐れずにザファンがその刃を手で掴む。
だが既に楓は刀を手放していた。
横から顎に掌底が決まる。
衝撃に耐えられずに顎が外れそのまま肩から倒れる。
倒れてからようやく刀を回収し後ろへと跳躍する。
跳びかかったザファンの拳が地面を殴りつける。
後ろへ跳躍した楓だが地面につくと同時に前へ駆けた。
一陣の風となった楓の刀は拳を打ち下ろしたザファンの胸を裂き、その横手にいるザファンの腹部を斬り裂いた。
前方へと高く跳躍し、腹部を裂かれたザファンを飛び越える。
刀を宙で逆手に持ちかえる。
着地地点にいるザファンの丁度額の部分に刀を突き立てる。
骨と柔らかい何かを貫いた感覚を覚える。
すぐに刀を引き抜き、瞬時に死体となったモノを蹴り飛ばす。
足元に転がった死体を抱きかかえたザファンの首を貫き、横に薙ぐ。
半分だけ残して千切れた首はかなり不気味な光景だった。

「……」

気付くと楓の側にはザファンはいなかった。
皆、楓を恐れ離れている。
それらを見渡すと楓は血のついた刀を振った。
血は飛び散り、地面を小雨の後のように赤く染まらせた。
一枚の布を取り出すと刀にこびり付いた血を拭う。
そしてそれを終えると静かに刀を鞘に収めた。
一人取り残された少女を見据える。
この少女は何故こんな所にいるのだろう。
ザファン達が捉えたのだろうか。
おそらく今の状況下ではその考えが1番妥当なのだろう。
ふぅ、と楓は一息ついた。
ザファン達は無言のまま楓を見つめている。

『無事か?』
「ええ。ちょっと肩と腹部に痛みがありますがね」

苦し紛れに苦笑してみせる。
笑ってから、地に伏している少女へと歩み寄った。
ここで一体何が起きたのだろう?
ザファンは人を襲わない。
肉を食べる種ではないので襲う必要がないからだ。
無益な事はしない。
それこそがこの種族の生きてこれた理由の一つかもしれない。

「勇ましいね」

初めて耳にするその声に楓は足をピタリ、と止めた。
声は群れの中から聞こえた。
ザファン達は言葉はおろか、声を発するという事はできない。
人が、いるのだ。
その人物はゆっくりと群れの中から現れた。
ザファン達は人間がいるのにも関わらず襲いかかったり、恐れをなしたりはしていなかった。
ただその人物の為に左右に分かれて道を開いた。
それを見ながら楓はゆっくりと刀を抜く。
おそらく敵で、能力を持った人間だろうという事は容易に思いつく。
異常事態に異常な場所から現れるヤツは異常者か能力を持つ人物のどちらかだ。
たぶん、後者だろう。

『まさか……ライツァーか?』

その人物、男が現れるのと月影が驚きの声をあげるのはほぼ同時だった。

「ああ、月影か。久しぶりだね。うん、実に懐かしいよ」

両手を広げ懐かしそうに楓の刀を見つめる。

「知り合い、ですか?」
『ああ、私はとても合いたくなかったのだがな』

月影と目の前の男、ライツァーと呼ばれた男が知り合いと知り、楓は刀を納めた。

「月影を収めないでくれよ。もっと眺めていたい」
『私はお前などに見られたくない』

楓は少し考えてから再び刀を抜いた。

「あなたはここで何をしていたんですか?」

刀を抜いたがその切っ先はライツァーへと向けられた。
どうやらコイツは前者、異常者だったらしい。
異常者に関わるとロクな事にならない。

「何をしているかって? 実験さ。只の暇潰しの実験さ」
「実験?」

楓は訝しげにライツァーを睨んだ。

「そうさ、実験さ。ああ、そんなに睨まないでおくれ」

ライツァーはニッコリと微笑んだがそれはとても何かおぞましいモノに見えた。

『どうせロクな事じゃぁないだろう』

月影が体を持っているとするならば、苦虫を噛んだような顔になっていただろう。

「酷い事を言うね、君も」
『貴様などにはこんな言葉だけでは酷いとは思えないが?』
「兎に角、彼女を返して上げて下さい」

楓は目線で地に伏している少女を指した。

「ああ、彼女か。彼女は実験に必要なんでね。返す訳にはいかないよ」
「返してもらいます」

刀を握り直す。

「駄目だね。それは許さない。彼女は必要なんだ」
「彼女に何か秘密でも?」

じり、と一足だけにじり寄る。
答えなど関係ない。
返してもらえない場合は切り捨てればいい事だ。
そうだ、自分の言う事を聞かないやつは殺せばいいのだ。
邪魔なヤツは始末し、必要なモノだけを残す。
後に周りの魔物共も1匹残らず始末してやろう。
少女を殺すのはその後だ。
……?
ライツァーへと近寄りながら楓は不思議に思った。
今、自分は何を考えていたんだ?
少女を殺す? 周りの魔物を始末するだと?
頭を振り払って自分を落ちつかせる。
深呼吸。そうだ、深呼吸をしろ。
深く空気を吸って、深くそれらを吐く。
頭の中を空にする。
そしてキッとライツァーを睨む。
よし、自分は正常だ。
何も変な事など考えてはいない。

「秘密? そんなモノはないよ。ただね、この少女で実験をするんだよ」

ニヤケながら少女を見つめている。

『実験だと? 貴様はまた罪を重ねる気か?』
「また?」

その言葉に顔をしかめる。
ライツァーは右手で額を抑え、左手は腰に当てている。

「何を言うんだい? 僕は罪という概念に縛られた事はないね」
『貴様……ッ!』

楓は無言のままライツァーへの歩みを続ける。

『貴様が人を、いや、人だけではない。どれくらいの生物が貴様のせいで生という道から外れていったのかわかっているのか?』
「関係ないね。僕は自分の為に実験を続けているだけだ。それは、未だに終わらない」

やれやれ、といった感じでライツァーは首を振る。

『ライ……』
「アナタが、アナタが何をしてきたのかはわかりません」

月影の言葉を楓が静かに遮った。
そして歩みを止める。
すぐ目の前にライツァーを見据える事ができる。

「だからどうしたんだい?」
「自分の罪に責任を持たない人を、私は許しません」

楓は月影を握り締めた。

「待ってくれないか? 僕は君と戦うつもりはない」

刀を右手で構え―左手は怪我をしているので―かなり殺気立っている楓に言った。
何を今更?

「なら、あの娘を返して下さい」

チラ、と少女を一瞥する。

「それはできない」

わがままなやつだ。
やはり切り捨てて……

「僕は君と戦いたくないし、その少女も返したくない。そして君はどちらかを選べと強要する」

だから何なんだ?
楓は次第に苛立っている事に気付いていなかった。

「なら、僕は君を説得してみようと試みるとしよう」

刀を構えたままの楓にゆっくりとライツァーは歩んで行った。
ライツァーからは一寸の殺気も、凄みもない。
そして刀を前にしつつも全く動じず、また、恐怖さえもないように見える。

「さて、僕は君を説得したい。だが君は言う事を聞かなさそうだ。どうすれば良いと思う?」

何を言っているんだこいつは。
楓はさらに苛立っていた。

「アナタが引けばいいでしょう!?」

自分の声が大きくなっているのに自分で驚く。

「そんなに大声を出さないでくれ。ただ僕は穏便に解決したいだけなんだよ」

腰に手を当て、首を振った。
ヤレヤレ、といった感じだろうか。
それがさらに楓の気持ちを高ぶらせる。

『楓、あまり相手にするな』
「少し黙っていて下さい」

月影の忠告さえも嫌な言葉として耳に入る。

「君はおそらく僕の事をわがままだと思っているだろうね」

当たり前だ。
誰がどう考えたってお前はわがままだ。
ライツァーは楓の答えを待たず続けた。

「だが、人間誰しもわがままだ。そうだろ? わがままな人間なんて何処にもいやしない。誰だって自分が1番なんだ」

まるで全てを悟ったような言い方だ。

「さて、そこでだ。君と僕のわがままをつきとおしてみようじゃないか」

ライツァーのわがまま。
それは少女を実験とやらに使い、楓とは戦わない。
では、今の楓のわがままは?
楓は顔をしかめた。

「そう。君には今わがままがない。何をしたい? 僕と戦いたい? それとも戦いたくない?」

正直なトコロ、わからない。
戦って何か利益があるわけでもない。
だからといって、あの少女を置いて行くわけにはいかない。
楓はライツァーを見据え、気を引き締めた。

「私は、あなたと戦います」

先程までの苛立ちは嘘のように晴れていた。
自分が先程まで苛立っていた事など既に楓は覚えていない。
ライツァーは腕を組み、さも面白そうに楓を見つめている。

「戦い、勝ち、あの少女を助けます」

刀の切っ先をライツァーに向ける。

「それが、それが私のわがままです」
「なるほど」

ライツァーは向けられた刀の切っ先に指を当てた。
指が薄い傷を残し切れ、一筋の血の雫が刀の刃を流れる。
その雫を眺めながらライツァーは静かに目を閉じた。

「それが君のわがままだとしよう。なら、僕は自分のわがままを突きとおす為に工夫をしなければならないわけだ」

1度だけライツァーは自分の発言に肯く。
楓は肯かない。
指を引き、すぐに止まった指を見つめる。
押して見るとじんわりと傷口が赤い雫を生み出す。
ライツァーはそれを舌で舐めとった。
顔を横に向け、少女を眺める。
すぐに体も少女のほうへと向けると歩き出した。
楓はただボッーっと眺めていた。
突然の意味のわからない発言と行動に唖然としていた。
だがライツァーの手が少女へと伸びようとした時、楓はようやく事態を理解した。
一気にライツァーへと接近する。
足を止めずに刀を振り上げる。
ライツァーは、まるでそれを知っていたかのように後ろを振り向き、口の端を吊り上げて笑った。
構わず相手の右肩から袈裟斬りに刀を振り下ろす。
ライツァーは楓へと踏み込み、拳を腹部へと滑らせる。
腹部に強烈な痛みを覚えるが、楓は刀を振るのを止めない。
ライツァーが楓の刀を持っている右腕を触れるようにして掴んだ。
腕の軌跡を移動させ、さらに自分の体を楓へと滑らせる。
背中を楓の前身に軽く当て、掴んだ腕を前へともっていく。
楓の体がいとも簡単に浮き、青い空が目の前に広がった。
地面が見えない。
次の瞬間、楓の背中を激しい痛みが襲った。
受身を取れず、衝撃が全て背中に行き渡る。
痛みはそれだけでは終わらなかった。
楓の目がライツァーの拳を捉える。
慌ててそれを防ごうと腕を動かそうとするが、間に合わず、その拳を額に受ける。
意識がどこかへ飛んで行きそうになる。
その意識の足を掴み、すぐに現実世界へと引き戻そうとするが、その手も消えかかっていた。

『ライツァー貴様!』

月影は楓を冷ややかな目で見下ろす男に怒鳴った。

「なんだい? 僕が悪いのか? 彼女が先に手を出したんだよ。正当防衛だね」

地面に転がった刀、月影を拾うと地面に突き刺した。

「安心してくれ。面白いから生かしておくよ。ただ、ザファン達がどういった行動にでるかはわからない。そこは彼女の運だな」

そう言うなり、少女の元に近寄ると抱きかかえた。
一向に目を覚ます様子はなく、事の事態を全く知る事もないだろう。

「月影、縁があったらまた会おうじゃないか」
『ライツァー!』

月影の声は虚しく、ライツァーの姿はザファンの群れの中へと消えていった。
その時、額が割れ、血が溢れている楓の指がピクリと動いた事に誰も気付かなかった。




















「五」戻る「7」







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