『参』










ロングコートの男、アーギス・グレイの体がぐらりと傾いた。
首のない体はゆっくりと、ゆっくりと地面へ向けて倒れてゆく。

「……」

楓は冷ややかな視線でそれを見届けている。
しかし楓は眉をピク、と動かし訝しげな表情を見せた。
そして咄嗟に後ろへと跳躍する。

『なんだと……?』

首のない、絶命したと思われるロングコートは右足を前にして踏ん張り、倒れなかったのだ。

「斬っても無駄、という訳ですか」

ため息をつきながら刀を鞘事地面に置く。

『おい!』
「頑張ってみますよ」

月影を楓が制した。
その間にもアーギスの首はきちんと結合されていた。

「刀無しで戦えるの〜?」

その声は月影の声ではなく、楓の声でもない。
アーギスの声ではない事は言うまでもないだろう。
だがその声は聞こえてきた。
この場にいる全員の声ではないハズなのに、だ。

『誰だ!?』

アーギスは気にする事無く楓へと向かっている。
月影への返答はない。
楓はアーギスに注意を払いながらも声の主を探す為に視線をあちこちへとめぐらせている。
だが見つからない。
ロングコートが三度目の拳を繰り出してくる。
楓への攻撃は2つだった。
【Death less】(死無し)の拳と、【Shadow usage】(影使い)のナイフ。
攻撃を受けている本人は拳の事しか気付かない。
気付けなかった。
死角から伸びてきた【Shadow usage】(影使い)のナイフは心臓を狙っていた。
前方からの攻撃と“下”からの攻撃だ。
今更気付いたところで拳とナイフ、その両者を止める事はできないだろう。
楓はゆっくりと体をずらし、拳を言葉通り《紙一重》で避けた。
アーギスの拳が勢いにのっている状態で、楓はその拳を掴み、さらに進行方向へと導いた。
足をかけ、アーギスの頭を抑え込んで地面に叩きつける。
楓のあまり強い力とが言えない腕力で、アーギスはいとも簡単に地面に叩きつけられた。
自分の破壊力にさらに上乗せされた力で叩きつけられた事になる。
【Shadow usage】(影使い)のナイフは体をずらした楓に応じていた。
直接刺す事を諦め、楓へと向けて投げられていた。
楓はそれに気付く由も無く、アーギスを見ていた。
























【Shadow usage】(影使い)。ユーラ・バレンティン。
彼女は幼きにして、組織【シュバルツ・バルト】のエージェントの一人だ。
金髪で長い髪を後ろで結ってある可愛い少女である。
エージェントである所以はナイフ捌きと、その尋常なる能力である。
【Shadow usage】(影使い)と呼ばれているその能力。
それは単純な物だった。
ただ影の中に隠れる事ができる。それだけだった。
単純という意味では【Deth less】(死無し)と同じかもしれない。
だが能力的には比べると大分劣ってしまう。
それでも彼女はエージェントである。
彼女を支えているのは実際は能力よりもナイフ捌きという点かもしれない。
ユーラはアーギスの影の中に隠れていた。
アーギスの影と楓の影が重なった時、移動をしていた。
そうしてアーギスが地面へと叩きつけられた時、その隙をついてナイフを投げた。
そのナイフは誰がどう見ても相手に当たったと確信できるものだったし、楓はそれに気付いているようには見えなかった。
だが、ユーラは寒気を覚えた。
ナイフ使いとして、そしてその能力で暗殺者向けの人物として育てられてきた【shadow usage】が、だ。
楓の視線はいつのまにかにユーラを捉えていた。
そうして冷たく見下ろしている。
ずっと楓を見ていたはずなのに、ユーラには楓が自分へと視線を移した事に気づく事ができなかった。
一瞬で、気がつくと楓が影の中にいる自分を見下ろしていたのである。
だから楓がナイフを体に受けた時には唖然とした。
ユーラは視線だけで楓に殺されるかと思ったほどの殺意を感じたのだ。
そんな人物が気付いていたのにも関わらず、自分の投げたナイフを甘んじて受けてしまった。
奇襲が成功したはずなのにユーラは呆然とした。

『おい、大丈夫か?』
「ええ、なんとか」

楓は右腕に刺さったナイフを見て顔をしかめた。

「どうやら敵は二人いたようですね」

そう言って周りを見渡す。
だが起き上がったアーギス以外誰も見えない。
おかしい。何かがおかしい。
楓は一瞬ではあったが意識を失っていた。
アーギスを地面へと叩きつけた。その後が全く何が起きたのかわからない。
さらにアーギスにはダメージが全くないらしい。
ロングコートはゆっくりと立ちあがっている。

「咄嗟に右腕で止めましたが」

そんな覚えはなかった。
しかし気にしている暇はない。
ナイフを一気に引き抜いた。
血がじわじわと出てくる。
自分の影に向かってナイフを投げつけた。
しかしナイフは地面、楓の影に突き刺さる事はなかった。
影の中から出てきたナイフがその行方を阻んだのである。
ナイフとナイフがぶつかり合う金属音と同時に、影の中から何かが飛び出した。
ナイフを片手に持ったユーラが楓へと肉薄していた。
楓はナイフを持った右手を横へと流す。
頬に傷がつくが気にせず、体制をくずしたトコロへ腹部に膝を入れる。
楓は咳き込む少女の顔に向けてもう1度膝を上げた。
ユーラは上半身を仰け反らせて膝を避ける。
そこへ楓が“それを見越していたかのように”仰け反った勢いに乗せて少女の額に手を当て地面に叩きつけた。
地面に叩きつけたはずだったのだが、その様子はなくユーラの姿が消えている。
それを探す暇もなく、アーギスの拳が既に迫っていた。
それに右腕で対処しようとしたがナイフで傷つけられたその腕が上がらなかった。
腹部に重い一撃を加えられる。
楓は腹部を圧迫され、肺から空気が押し出された。
呼吸困難に陥る。
膝が震え、倒れそうになる。
そこへアーギスの横殴りの一撃が楓を捉えた。
右肩から地面と激突する。

『楓!』
「まだ……」

近づいてくるアーギスを前に楓は必死に立とうとする。
しかし右腕はナイフで傷つき、左肩はなぐられた衝撃で破壊されてしまっている。
腕を使えずにもがく。

「いや、もうお終いだね」

楓の耳元で少女が囁いた。
地面に叩きつけられる寸前に影の中へと侵入していたユーラが顔を出した。
ずずず、と少女は影の中から全身を現す。
手に握られているナイフを掲げ、そして身動ぎしている楓の首へ振り下ろした。
ナイフは静かに楓の首へと吸い込まれて行ったかのように見えた。
だが、楓は転がってそれを避けた。
楓が自分の意思で避けたのではない。
何者かによって転がされたのである。

「お嬢ちゃん、オイタはいけないねぇ」

楓を足で蹴飛ばした人物がそう言った。

「アナタ、誰?」

ユーラはナイフを両手で構えた。
楓を助けた―あまりそうは見えないが―人物は大きな斧を肩に担いでアーギスとユーラの2人を見据えていた。

「ん〜、誰かって言われてもねぇ」

面倒くさそうに頭をポリポリと掻いた。

「ほ、焔……」

転がっている楓がそううめいた。

「焔? 聞いた事ある?」
「……」

ユーラの問いにアーギスは無反応だった。
肯定か否定かさえもわからない。

「あ〜、もう! イラつくわね!」
「嬢ちゃん、そんなにイライラしてると体によくないよ」

足元に転がる楓をつま先でつつきながらそう言う。

「なっさけないなぁ……」

担いでいた斧を楓の目の前、地面に突き立てる。

「まぁ、アンタはそこで伸びてな。やっぱりアタシのほうが正しいんだよ。いつもね」

腰に手を当て楓を見下ろす。
そして視線を殺気を放っている2人に対して向けた。

『コートのヤツは【unfamiliar】をも上回る再生能力を持っている』
「なんだ?」

焔の脳に月影の言葉が響く。
敵ではないと判断した月影が相手の事について語り始めたのだろう。

『そして少女は……』
「誰だか知らないけど、そんなの何でもいい」

焔は口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
それは悪魔のような、笑みだった。

「ヤリあってる時に、んな事気付くし、面白みが欠けるだろう?」

ユーラは焔の言葉にみじろぎした。

「さぁ、来な」

腰に手を当てたまま、焔は2人に言った。
ユーラは両手にナイフを逆手に持った。
ナイフは両方ともに片刃でサバイバルナイフのような形状だった。
刺す事よりも斬る事に向いている。
逆手に持ったまま、右手を前に構える。
アーギスは破れかけているコートを引き剥がした。
灰色の肌があらわになるが気にせずに焔へと視線を向ける。

「そこどかないと痛い目見るよ」
「そいつは楽しみだ」

ユーラは焔へと一気に突進していった。
拳を振るうような動きで逆手に持ったナイフを相手へと向かわせる。
焔は腰に当てていた手でユーラの腕を掴む。
ユーラのもう一方のナイフが焔へと接近していく。
焔は掴んだ腕をグイ、と上に引き上げる。
斧を手放し、少女の胸の辺りへと拳を繰り出す。
ミシ、と骨が軋む感覚を覚えニィ、と笑みを作ってみせる。
そしてユーラをアーギスへと投げつける。
小さな少女の体は軽々と飛んでゆく。
アーギスはユーラを受けとめた。
ユーラは着地し、礼をも言わずにすぐに焔へと視線を向ける。
しかし焔はすでに2人へと肉薄していた。

「セイ!」

片手で斧を右方から繰り出す。
ユーラは影へ、アーギスは腕を差し出してそれに対応した。
アーギスの手の平から太い腕の中へ斧が大胆に侵入してゆく。
肉を抉り、骨を突き破る。

「……!」

だがそれも途中で終わる。
腕へと侵入した斧はなかなか引き抜く事ができない。
そこへアーギスが空いている拳を下方から繰り出した。
焔の腹部に衝撃が走り、体が宙に浮く。
それを堪え、アーギスの体を足蹴にして一気に斧を腕から引き抜いた。
腕の傷はすぐに癒え、焔は顔をしかめる。
すぐにアーギスの2度目の拳が横から迫ってくる。
それと同時に影の中からナイフが飛ぶ。
そこで焔は2人にとっては考えられない行動にでた。
2つの攻撃を前に、いきなり斧を2つの武器に分離させたのだ。
分離、というよりは引き抜いたという言い方が正しいかもしれない。
片方は斧のまま、ただしそれは短くなっている。もう片方は小刀のような物だった。
斧の刃部で拳を受けとめ、小刀でナイフを弾いた。
即座に斧を拳から引き抜くと後ろへと跳躍した。
その間に既にアーギスの傷は完治している。
ゆっくりとユーラが影から出てくる。

「へぇ、アンタは影の中に入る事ができるんだ」

小刀と斧を結合させた。

「んで、アンタが化け物、と」

傷一つなくなっているロングコートの化け物を見る。
他の者に聞こえるか聞こえないかの小さな舌打ちをし、斧を肩に担いだ。
しかし、その顔には心底楽しそうな笑みが貼り付いている。

「やるじゃない」

ユーラが再び影の中へと静かに沈んでゆく。

「次はどうかしら?」

少女は完全にロングコートの影の中へと消えた。
ロングコートはその事に関しては無関心だ。
自分の影の中に何者かがいる、というのは居心地が悪くないのか?
月影にはそう感じたがアーギスにとってはどうでもいいらしい。
ユーラが信頼できているのか、それとも何も感じていないのか。
後者の確率が高いだろうが、それは本人にしかわからない。

「あのねぇ、どの影にいるのかわかっていればどうって事ないんだよ」

呆れたように言うと、太陽が背になるように移動した。
そうする事でユーラが潜んでいるアーギスの影が焔とは逆の位置へと伸びるからだ。
アーギスが突然走り出した。
一気に焔との距離を縮める。
両サイドから2つの腕が迫り来る。
焔は片手で斧を扱い、アーギスの右手を切り落とす。
空いた手で左手を受けとめようとした。
だが、それはいつもの《ただ殴る》という行動ではなかった。
その行動は《ただ掴む》だった。
受け止めようとした焔の腕が掴まれる。
アーギスはその怪力をもって焔を持ち上げた。
高々と持ち上げられた焔は斧でアーギスの顔を横から叩きつけた。
帽子が落ち、サングラスはひしゃげる。
だがアーギスの体は動かなかった。

『これが能力と呼べるのか……?』

月影が静かに驚きの声をあげた。
倒れない。頭の半分以上が刃物がめりこんでいるが死んではいない。
それが【death less】という能力だからだ。
そして掴んだ腕から焔の体を地面へと叩きつけた。
焔の体は固い地面の上でバウンドし、転がった。
どれくらいの衝撃だったのか、計り知れない。
焔はそのあまりの痛みに一瞬気を失う。
だが研ぎ澄まされた五感は戦闘で気を失うという事を許さなかった。

「ガハァ……ッ!」

両手と両膝を地面につけて血反吐を吐いた。
痛みを忘れてしまいそうなほどに苦しくなる。

「これで終りね」

焔の影の中からナイフを持った少女が現れた。
ユーラはアーギスの影の中から焔の影へと移動していたのだった。
焔が弱っていて、尚且つ影へと移動した事など気付いていないはずだった。
少なくとも、月影と楓は気付かなかった。
だが焔は敏感に反応した。
確かに体は弱っている。
だが焔はその嗅覚と聴覚でユーラの位置を把握していた。

「終わらなかったねぇ」
「くっ……!」

一瞬で2人の武器が交差した。
ユーラのナイフは焔の喉元に。
焔の斧も逆にユーラの喉元に触れていた。
楓はほっと胸を撫で下ろすような気分になった。
だがそれもすぐに冷める。
2人は動けないがロングコートは迫ってきていた。
しかしすぐに足を止めた。

「そこで終わりです」

アーギスの後ろから一人の女性が現れた。
アーギスほどではないが、女性にしては長身だ。
青い髪と分厚い眼鏡が印象的だった。
そんなに近くではないはずなのだが楓からでもその眼鏡が恐ろしく分厚い事がわかる。
服装は地味で、ただの町の娘のような印象を受ける。
その眼鏡の女性はニッコリと笑うと武器を交差させあっている2人に近づいた。

「マリィ? 何しにきた」

ユーラは視線は焔へ向けたまま言った。
少しだけ苛立ちの色が含まれている。

「アーギスさん?」

マリィと呼ばれた女性はアーギスへと振りかえった。
アーギスはそれには答えずに二人へと近づいてゆく。
そして2人の交差する武器へと手を差し延べた。
一瞬でも気を緩めるとやられてしまう。
2人共にそうだった。
だからアーギスの行動はいとも簡単に済んだ。
刃の部分に触れ、開いてから遠ざける。
手が切れるが全く気にしない。
焔は未だに痛みに苦しむ体にムチを入れ、咄嗟に下がった。

「なんだか知らねぇけど、もう一人追加ってかぁ?」

焔は斧を担いだ。

「違うです」

マリィはまたしてもニッコリと微笑んだ。

「私達は帰ります」
「ちょ、ちょっと! マリィ!?」

ユーラは意味がわからないといったようにマリィの顔を見上げた。

「状況が変わったです」

そう言うと空を見上げた。

「丁度良く雲が太陽に隠れたです。帰りましょう、ユーラさん」

ユーラの髪を撫でる。
楓と月影は唖然とそのやりとりを見ていた。
帰ってくれるならありがたい事だ。

「逃げんのかぁ?」

だがここに一人、自分が圧倒的不利なのにも関わらず文句を言う人物がいた。
焔が斧を担いだままニヤついている。
その言葉に微笑んでいたマリィの顔がピク、と引きつった。

「まぁ、どうせ組織なんざそんな腰抜け共の溜まり場なんだろうけどなぁ」

あきらかに挑発した言い方だった。
さらにマリィの顔が引きつった。
そしてマリィはその分厚い眼鏡を自分の手でゆっくりと外した。

「おいコラ、人が下手に出てりゃなんだぁ、その態度? すぐにでもその頭打ち抜いてやろうか、ああん?」

それは焔ではなく、マリィの口から出ていた言葉だった。
楓と月影と焔はその変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
アーギスが焔へと近づこうとするマリィを抑えた。

「あ、テメ、離せ! ぶっ殺してやる! オイ、かかってこいよ、オラァ! 離せっつってんだろ、このゾンビ!」

アーギスに抑えられながらもジタバタとマリィはもがいた。
仲間であるはずのアーギスの顔を叩き、足を蹴り、胴を殴った。
だがアーギスは全くびくともしなかった。
ユーラは頭を痛めたように額に手を当てて空を見上げた。

「はぁ、いいわ。引きましょう。晴れない内にね」

そう言ったかと思った時には既にユーラとアーギスとマリィの3人は影の中に沈み始めていた。
雲という巨大な影の中に。

「離せぇ! ぜってぇぶっ殺す! オイ! コラ! このガキ、さっさと戻せ!」

その声は3人が影の中に完全に沈んでも聞こえてきた。
楓と焔は呆然としたままその場に取り残された。



























「いやぁ、久しぶりだな」

背もたれに腕を回し、豪快に笑う。
片手にコーヒーカップが握られている。
焔は向かいがわに座る楓を懐かしそうに眺めた。

「全く、変わりませんね、焔は」
「おう、相変わらず元気だぜぃ」

楓はゆっくりと紅茶をすすった。
片腕はナイフの後を包帯が巻かれている。
もう一方の肩は外れていたトコロを無理に入れたせいか、動かす度に楓は痛みに顔をしかめた。
いつもは両手でお茶をすするようにして飲むのだが今回ばかりは片手だった。

『兎に角、助かった。例を言う』

突然頭の中に響いた誰かの声に焔は顔を上げた。
周りをキョロキョロと伺うがこちらを向いている人物など一人もいない。
楓は思わず吹き出してしまった。

「なぁ、これ誰の声?」

何となく上を指差しながら焔は言った。
頭の中に声が聞こえてくる。
まるで天の声、とでも思ったのだろうか。
焔が神という存在を信じるとは思えないが。
楓が吹き出す様を見て焔はムッとした顔になった。

「これですよ」

楓はさも可笑しそうに腹をかかえながら1本の刀を差し出した。

「はぁ?」

焔はそれを受け取ってまじまじと見つめた。

「刀が喋るってか?」

刀を楓に手渡そうと差し出した。

『その通りだ』
「おわ!?」

突然再び声が頭の中で響く。
慌てた焔は刀を落としそうになった。

『名は月影という』

今一度刀を眺める。

「へぇー、本当に喋るんだな」
『その通りだ』

鞘から刀を抜いてみるが何もおかしい所などなかった。

「頑丈で錆びない、そして喋る。面白いでしょう」

眺めている焔に楓はそう言った。
しかし【unfamiliar】を呼び寄せる、という事は黙っておいた。


























この世界には【unfamiliar】を呼び寄せるという大変迷惑な物質が多数存在していた。
誰がどういった理由で作ったとか、自然にできたとか様々な説が挙げられたが未だにそれは判明されていない。
その物質が何故【unfamiliar】を呼び寄せるのかもわかっていない。
特殊な匂いを発する訳でもなく、音を発している訳でもないのだ。
ただその場にあるだけで【unfamiliar】が寄って来る。
そしてその物質は同じ形をしているとは限らなかった。
ただ、ほとんどが何かの鉱物を象っていた。
そして月影もまた、【unfamiliar】を呼び寄せる代物だった。


























「いいなぁ、コレ」

刀を鞘に収める。

「いいでしょう」
『おい、人を物みたいに言うな』

月影は物なのだが、何故か人間のようなプライドを持っていた。

「コレくんない?」
「いくら?」
『おい、ちょっと待て!』

焔はコーヒーを一口だけ口に含むんだ。

「今手持ちねぇからなぁ」
「じゃぁ、この話は無かった事に」

楓も紅茶をすする。

「金と言えば、俺は仕事に就くことにした。いや、してみた、かな?」

空を見上げて考える。

「いやぁ、なんかスカウトされちゃってさぁ」

照れたように頭を掻く。

「どんな会社なんですか?」
「え〜と……。あれ? 内容聞いてねぇや」
『大丈夫なのか?』

ハッハッハ、と焔は笑ってみせる。

「大丈夫、大丈夫。これから行くトコだったんだ」

そう言うと一気にコーヒーを飲み干した。

「ってな訳で、次会えるかどうかわからねぇけど、またな」

楓が口を開く前に一人で焔は店を出て行ってしまった。
一人残った楓はズズ、と紅茶をすすった。
後に敵対する事になる事を、両者共知らなかった。



























一つずつの高そうな机と椅子。
そしてカレイド・キルクの目の前にある窓辺にはレディーハートと呼ばれる観葉植物が一つだけ日の光を浴びている。
横手に目をやると、そこには横にやけに広い窓があり、アロエ、カリン、ドクダミなどといった薬草になるものが多数置かれている。
この部屋の主の趣味だろうか。
薬草など買えばすぐ手に入るものだし、部屋の主が金がないとは思えない。
部屋には机、椅子、植物の他にはあまり目立つ物はない。
机の上でさえ、ペンが数本ペン立てに入れられているだけだ。
机の中身はわからない。
大抵の部屋にあるはずの時計は見当たらなかった。
カレイドはこの部屋に入れられて随分と時間が経ったように思った。
だが、この部屋には時計がない。
自分の腕時計を見てもいいのだが、目の前にいる人の前であまり体を動かさないほうがいいかもしれない。
隣にいるアーギス・グレイは身動ぎ一つしていない。
彼がこんな状況でなくとも身動ぎしないのは珍しい事ではないが。

「それで、何か収穫は?」

長い長い沈黙を経て、部屋の主が口を開いた。
アーギスが動いたか動いていないのか、あまり区別がつかなさそうな小さな動きで首を振った。

「ふむ」

部屋の主は腕を腹と胸の間辺りで腕を組んだ。
観葉植物を眺め出す。
再び沈黙が訪れた。
カレイドはこの沈黙が好きではなかった。
自分自信はあまり口を出したりするタイプではない。
騒いでいるよりは沈黙のほうが好ましいと思っている。
だが、この部屋の主を前にした場合のみ、それは間違いになる。
耐えがたい沈黙なのだ。
主の横にずっと立ちっぱなしだった秘書、マリィ・グレイブスが沈黙を破った。

「現在、遺産、【月影】を所持している【楓】に対する意見はありますか?」

おそらく、これが本題だろう。
アーギス・グレイ、ユーラ・バレンティンの2人が何も収穫無しに帰って来た事など既に承知のはずだ。
しかしこれは異例の出来事だった。
ユーラはともかくアーギスが任務を達成しないという事が今まで全く無かったのだ。
ただ、マリィがこの2人を連れ戻したという事だけがカレイドには気にかかった。
彼女は本当に非常自体の時にしか行動しない。
秘書なのだが、エージェントとほぼ互角の実力を持ち、非常自体が起きればエージェントと共に行動する。
今回は非常事態だったのか?
しかしカレイドはあまり深く考えるのを止めた。
主の考える事は自分達にとって絶対なのだ。

























【月影】を筆頭に、【unfamiliar】を呼び寄せる物質はこの組織内では全て【遺産】と呼ばれている。
何故そう呼ばれるかまではカレイドは知らない。
エージェント達には知る必要がないから知らない。
主がそう呼ぶからエージェント達もそう呼ぶのだ。

























「やはり、危険人物として記録したほうが良いのではないか?」

主は立ちあがると、観葉植物の葉に手を添えた。

「カレイド、どう思う?」

カレイドの事は一目も向けずに言った。
カレイドは常時付けているサングラスを押し上げてから静かに口を開いた。

「私が出向いた時は問題ありませんでした。しかし、アーギスさん、ユーラさんの話を聞く限りでは……」
「以前ほどではないにしろ、非常にやっかいだと思われます」

カレイドの言葉は途中でマリィに遮られ、言いたかった事は全部言われた。
だが、マリィは実際に立ち会ったのだからカレイドが発言するよりはマリィが口に出したほうが得策だろう。

「やはり、か」

葉に触れるのを止めるとカレイドとアーギスの両者を見据えた。
カレイドは身動ぎしてしまいそうな気分になる。

「しかし……、以前まではいかない。いや、以前と同じになればもしかすると……」

体は二人を向いているのだがその言葉は独り言だった。
誰にも意見を求めていない。
誰にも発言をさせない。

「マリィ、危険人物として【楓】を登録しておけ」

2人から目をそらすとマリィに顔を向けた。

「ランクは?」
「CODE【Puppet master】(人形遣い)、CODE【Black】(黒)と同等の位置に」
「はい」

マリィは返事をすると扉に向かって歩き出し、そこで一礼をすると部屋から出て行った。

「それほど重要視するような人物なのでしょうか」

カレイドはマリィが出て行くのを確認してから、恐る恐る聞いた。
主は無言のまま椅子に座ると二人を見ながら両手を組み、その上に顎を乗せた。

「以前を思い出せ。このランクでは低いくらいだ」

そう言い残すと、静かに目を閉じた。
再び沈黙が訪れる。












説明と登場人物紹介、及び補足等(シュバルツバルト編)












「参」戻る「五」





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