『弐』










「ふぅ……」

事を全て終えた楓は刀に付着した血を振り払うと、静かにため息をついた。
パラパラ、と砂利か何かの音が暗闇の中から聞こえる。
楓はハッとなりすぐにそこへかけつけた。

「イタタタタ」

その暗闇の中、ソロネが腰をさすりながら立ち上がった。

「良かった、生きてたんですね」
「当たり前よ! あんなエロ男に殺されたくないわ!」

ソロネは拳をワナワナと震わせた。

「エロ男、ですか」

楓は苦笑いする。

「そうよ、いきなり胸掴んできて……で、エロ男達はどこ?」
『その変に転がっている』

楓のかわりに月影が答える。

「じゃぁ、楓ちゃんが代わりに殺ってくれたんだ」
「ちゃん、ですか」

楓は再び苦笑いするしかなかった。

「あー、もぉイライラする!」

今にもその怒りを楓にぶつけてしまいそうな勢いだ。

『静かにしろ』

月影がそれを制した。
何か、音が聞こえる。音、いや、音ではなく鳴き声。
それはだんだんと大きくなってくる。しかも複数。

『血の匂いを嗅いだんだろう』

集団でソレらは姿を表した。
鋭い爪、牙、しなやかな足。
それは大きな猫のようにも見える。猫よりは、豹だ。

『オセだな』

面倒だ、と言わんばかりの口調だった。
オセの群れは転がっていた男達の死骸に集まっていく。

「あ、あんなトコに」

ソロネの言っていたエロ男も無論、その死骸の1つだ。

『静かにしていろ。感ずかれると面倒だ』

しだいに数が増えてゆく。
その数はすでに20数匹は確認できる。
まだいるかもしれない。
オセ達は死骸に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。
なかなか口にしようとはしない。用心深いのだろうか。
――クシュン
全ての視線がそこに集まった。

「アハハ……」

その視線の中心の人物は照れくさそうに頭をかいた。

『……楓、この数、やれるか?』
「たぶん……」

楓は何度目だろう、また苦笑いをしてしまっている。

「いやぁゴメン、ゴメン」

視線の中心の人物、ソロネは楓とツキカゲに、とりあえずあやまる。
その言葉にはあきらかに反省の色がないのだが。
オセは体制を低くし、唸り声を上げる。
全てのオセが即座に楓達に襲うことができる体制だった。

「さぁ、かかってきなさい!」

ソロネは真っ白な剣をオセの群れに突きつけた。

『楓、ソロネが全て片ずけてくれるそうだ』
「それはいいですね」

抜き始めていた刀を鞘に戻して楓は言った。

「ちょ、ちょっと2人共?」

剣は突きつけたままだが顔だけ二人に向けてソロネは慌てた。

『お前が元凶だ。片ずけろ』
「マジで?」

『相手は待ってはくれない』

その月影の言葉がまるで引きがねになったかのようにオセ達は二人に襲いかかった。

「結局私もやるハメに……」

楓はため息をつくとすぐに構えた。

『先程の男達なんかよりもよっぽど手強いぞ』
「わかって」

楓は飛びかかってきた一匹のオセに狙いをつけた。

「ますって!」

鞘から滑り出した刀は、勢いをとどめる事なく楓の腕の動きにそって振りきられた。
ゴト、ゴト、と鈍い音とともにオセの二つになった体が地面に落ちる。
オセの群れは一瞬で仲間が葬られた事にうろたえた。
だが、それもやはり一瞬だった。

「ああ、ウザイ!」

先程の怒りを晴らすかのようにソロネはオセを次々と切り刻んでいく。
飛びかかってきたオセを真直ぐに口から串刺しにする。
そして力任せにそれを群れの中へと放り投げる。
オセの群れは飛び込んできた仲間の死骸を、鳩がいっせいに飛び立つように、全てのオセがその場を離れた。
そこへソロネは自ら飛び込む。
1番近くとみなしたオセの首を斬り飛ばす。
2、3匹のオセがソロネへと飛びかかるがソロネの体に到達する前に宙で二つにおろされ絶命する。
ううぅ、と唸り声を上げたオセの首を鬱陶しそうにはねる。
その様子を月影は見ていた。
常人ではない。それは感付いてはいたがここまでとは。そんな事をツキカゲは思う。
その月影は楓に振りまわされ、オセの体を捌いていく。
威嚇するオセに急接近する。
当のオセはそれに気付く前に腹部から斬られ絶命する。

「何匹いるのよ!」

ソロネは邪魔なオセの死骸を蹴り飛ばして言った。

「ああ、もう!」

1匹のオセを串刺しにし、飛びかかってきたもう1匹を拳で打ち落とした。
そしてその前足を踏みつけて砕く。
もう何匹葬った事だろう。
まるでキリが無いのかと思われるくらいの数のオセが楓達の周りを囲んでいる。

『伏せろ!』

突然月影が戦闘中の二人に言った。
月影が何を察知したのかはわからない。
だが、楓もソロネもそれに従った。
体から冷や汗が自然と出てくる。
何故かはわからない。その原因を月影は察知したのだろうか。
と、轟音と共に一陣の風が吹き荒れた。

「くっ!」

楓は吹き飛ばされないよう、地面にすがるようにして耐える。
その現象はすぐに終わった。
だが、代わりに楓達の目の前に異形の生物が現れた。

『マズイぞ……』

楓達は体から出た冷や汗の元凶を目の前にした。
月影は人という体をもたないが、楓達と同じ気分になる。

『ベルゼブブ……』

異形を前にそう言った。
月影は緊張の色を隠せなかった。

「キモ……」
「うわぁ……」

楓とソロネは間の抜けたような事を言っている。
目の前にいる異形の生物。
蝿。人の大きさはあるであろう、それほどの巨大な蝿だった。
鋭く長い牙、というモノさえなければ普通の蝿と同じ姿であろう。尾まである。

『ベルゼブブ。蝿の王だ』

月影は静かに二人に言った。
ベルゼブブは二つの男の死骸の上空で静止している。
羽だけは動いているのだが、他は微動だにしない。
グゥゥ、とオセ達が突然の来訪者に威嚇の声をあげた。

『哀れな』

月影はそれを見て言った。
オセ達は、後ろ足の筋肉を収縮させ、すぐに飛びかかれる体制をとる。
上半身を低く構え、ベルゼブブを真直ぐに捉える。
ガアァァァ! とオセ達は吠えながらベルゼブブへと飛びかかろうとした。
それを楓達が視覚した。
しかし、オセ達は逆に吹き飛んだ。
飛びかかろうとした、ベルゼブブとは逆の方向にだ。

「な……!」

楓は驚愕の声を上げた。
オセが飛ばされたのとほぼ同時に、ベルゼブブはオセの群れの中心にいた。
楓にはそうとしか見えなかった。

『アレが、ベルゼブブだ。蝿の仲間が生物上、最も早く動けると言われている。アレはその蝿の王だ』

ベルゼブブは突進という単純極まりない行動でオセ達を次々と吹き飛ばして行った。
そのあまりにも早すぎるベルゼブブの突進でオセ達は粉々になっていく。
その突進という行動の際に起きる豪風、それはベルゼブブが通り過ぎ去った後から吹き荒れる。
その豪風さえも恐ろしい武器と変わり、オセ達は自分達が何をされたのか知る前に絶命していく。

「こ、コレは逃げたほうがいいわよね」

ソロネが冷や汗を出しながら月影に囁いた。
その間にもオセは消えていく。

『逃げ切れる自信があるか?』

オセ達が全滅すると同時に、ベルゼブブは楓達を襲うであろう。
そして、それはすぐに終わりを告げるはずだ。
その間に楓達がいかに早く逃げたとしても、ベルゼブブは余裕を持って追いつく事ができる。

「待ってください。彼は何をしにココに来たんでしょうか?」
「アレを彼なんて言えるなんて凄いわね」

一言、二言と、たったそれだけの会話のはずなのだが、オセの数は急激に減っていく。

「兎に角、逃げなきゃしょうがないでしょう!? あんな化け物相手にどうしろって言うのよ!」
「あ、大声ださないほうがいいんじゃ……」

楓がソロネを静止するがもう遅かった。
姿を認知できないほどの早さで動き回っていたはずのベルゼブブだが、それが姿を現した。
ゆっくりと、オセの群れの中からこちらへとくるりと回った。
その無機質な両目が楓達を捉えている。
オセ達はすでに戦闘の意欲を失っていた。
自分達はこの巨大な昆虫相手に何もできない。
なすがままに死んでゆくだけだ。オセ達はそれを感じていた。
だが、何を思ったのか、その巨大な昆虫は動きを止め、自分達に背を向けたではないか。
オセ達には仲間を殺された復讐心とかそういった物などない。
だが、この強大な相手が自分達に背を向けた。
これ見よがしにと、オセ達は一斉にベルゼブブへと飛びかかった。
パァァ―ン!
何かが弾けたような音がした。
いや、弾けた。
ベルゼブブの背中へと飛びかかったオセ達だった。
だが、そのベルゼブブは背中に生えた羽を震わせた。
それだけだった。それだけで飛びかかった全てのオセは粉々に弾けとんだのだった。
それを起こした張本人は何もなかったかのように楓達を見つめている。

『どうする?』
「どうしようもないですね」

楓は刀を中段に構え、体中の筋肉を収縮させた。
ゆっくりとベルゼブブが後方へと下がる。

「何をする気?」

ソロネも剣を両手で構えた。
ベルゼブブはゆっくり、ゆっくりと下がっていく。

「助走……ですか?」

止まった。ピタリと空中で止まった。

『来るぞ!!』

その月影の声が引きがねにでもなったかのように、ベルゼブブが消えた。
そして、凄まじい轟音と共にソロネも消えていった。

「ソ、ソロネさん!?」

突然、ソロネとベルゼブブが消えた。
楓と月影には、今ソロネとベルゼブブが洞窟の奥深くへと突き進んでいる事など知る由もない。
無論、その本人達もどこへ行くかなどわからない。
ただ直進するのみだった。

『消えた? ソロネはやられたのか? いや、しかし……』
「一体何処に?」

楓はどうする事もできず、洞窟の入り口方面と逆方面を交互に見まわしている。

『ソロネは、やられていない』

月影が楓をなだめるように言った。
しかしハッキリとした根拠などない。

「じゃぁ! ソロネさんは何処にいるんです!?」
『落ちつけ。ソロネがやられたならベルゼブブは何故ここにいない?』
「そ、それは……」
『私の考えが正しいとは限らんが、ソロネはベルゼブブと戦っている』
「だったら! だったら助けに行かなきゃ!」

刀―月影―を地面に刺し、両手を広げて言った。

『どこに行ったかどうかなどわかるはずも無いだろう? それに……』

月影の言葉を待たず、楓は月影を地面から引き剥がした。
そして鞘に収める。

『今日は客人が多いようだ』

暗闇から1人の男が現れた。
その男はサングラスをかけていた。
黒いスーツを着こなし、黒い手袋を付けている。
その一面黒の姿で、この暗い洞窟内だという事にも関わらず楓にはその男がハッキリと見える。
その男は地面一面に広がる赤を見て、眉を動かした。

「コレは、君がやったのかな?」

スーツのポケットに両手を突っ込ませて、オセの死体をつま先で小突いた。

「いや、結果的には私じゃないんですけどね」
「ならば、コレは誰がやったんだろう」

楓に言っているのか、それとも誰にともなく言っているのか、どっちとも言えないような言葉だった。
楓はそれには答えずに黙っていた。

「コレはまるで、そう、人ではない何かにやられたような感じじゃぁないか」

男はニヤリと口の端を吊らせている。

「そうだな、例えば蝿の王とか?」

サングラスを指でずらし、楓を上目ずかいに見た。
エメラルドグリーン。
男の右目は通常のソレではなかった。
まるで義眼でも入れているかのような、全体が緑色のような目だった。
瞳とか、そういった区別などない。全部がエメラルドグリーンだった。

『罠だったのか』
「え?」

月影の言葉の意味がわからなかった。
その言葉は男には届いてはいない。
楓もそれを悟られないように静かに言った。

「それにしても、君だけだと思っていたんだが……」
『まさか他のヤツにベルゼブブがいくとは思わなかった、か?』

男の独り言のような言葉に月影が口を挟んだ。
男は「ほう」と自分の顎に手を当てて頷いた。

「これはこれは、お初にお目にかかる。月影さん」

男は行儀良く体を曲げて礼をして見せた。

『御託はいい』

それに対して月影は冷たかった。

「そうですか。まぁそりゃそうですよね。私だってもう始めている訳ですし」

男は礼の体制を崩さぬままにそう言った。
もう始めている、と。

「……!」

楓は何かを感じて後ろへと跳躍した。
何かはわからない。だが、何かが自分に迫って来た。

「感がいいですね」

男はニヤリと笑ってそう言った。


























ソロネは周りが見えないという不安定な世界の中、自分でも驚くほどに落ちついていた。
一度深呼吸をして気持ちを状況を把握したいのだが、呼吸をする事など不可能だろう。
何故視界が悪いのか。それはこの洞窟内にいるという事ではない。
ただただ、周りが見えないほどの超スピードで押されているからであった。

(それにしても……)

ソロネは目の前の、自分を押しているモノを見て思った。

(やっぱり気持ち悪いわね)

目の前の異形、ベルゼブブだった。
彼女は自己を防衛する為の本能だか何だかはわからないが、ベルゼブブが突進を開始する前に剣を縦に―無論両手でだが―構えて防御を取る事に成功していたのだ
平たい刀身でベルゼブブの体を抑えている。
そのあまりにも強大な力と超スピードの力によって、ソロネ自信もベルゼブブと同じように体を浮かせてしまっていた。
足を付ける事ができず、この体制から逃れる事ができない。

(最も、足をつけた途端に私の足は吹き飛ぶんでしょうがねぇ)

彼女はため息まじりにそんな事を思った。
いくら長い洞窟にも行き止まりというモノは存在する。
地上の別の場所に繋がっていなければ、の話だ。
しかしこの場合そんな事は期待できない。
もしもあったとして、そこへ辿りつく前に窒息死をしてしまうだろう。

(仕方無いわねぇ……)

面倒くさそうに彼女はそう思った。



























ベルゼブブは動揺していた。
まず、初めに男と出会った。それは人間の男だった。
特に腹が減っていた訳では無かったので、ソイツを殺さずに素通りしようとした。
素通りし、次の瞬間には超スピードで移動していた。
いつの間に自分はこんなスピードを出しているのだろう。
そして目の前にいるこの白い人間は誰だ?
何故自分はコイツを押しているのだろう。
そうこう考えている内にふと気付いた。
目の前の白い人間が笑った。
初めてだった。自分を目の前にして笑った人間は。



























跳躍した楓は自分の身に迫った物を確認しようとした。
ソレはあった。コロコロと地面を転がっている。
色は、エメラルドグリーン。
楓はハッとなって男を凝視した。
男は不気味にも口の端を吊り上げてニヤニヤと笑っているだけだ。
ポケットに手を突っ込ませたまま、楓を見ている。

「アレは、あの男に付いています?」
『何の事だ?』

楓の言葉に月影は疑問でならなかった。
先程跳躍した意味もわからない。
楓は何かを感じ取ったらしいが月影にはソレが感じられなかった。

「どうしました?」

男が楓に語りかけた。
楓は黙ったまま男を見つめる。

「何かを、お探しですか?」

男はサングラスを外すとまたしてもニヤリと笑った。
その男の目には、無かった。
エメラルドグリーンの片目が。
これが、攻撃?
楓にはわからなかった。
男の片目が転がっている。
確かに怖い物だが、それはあくまで精神的な物だ。
こんなモノは楓にとっては日常茶飯事だった。
楓は刀を引き抜くと片手で構えた。
もう一方は懐に忍ばせておく。
すると男が今度はサングラスをかけた。

「?」

男の奇怪な動きに楓は内心首を捻った。

(なんなんだ? この男は。戦う気などないのか?)

そして気がついた。

(え?)

自分の刀がいつの間にかに、鞘に収まっている。

「コレはまるで、そう、人ではない何かにたられたような感じじゃぁないか」

男は聞き覚えのある事を言った。
やはり、笑っている。

「そうだな、例えば蝿の王とか?」

やはり、聞き覚えのある事を言う。

(何を言っているんだ?)

楓は困惑していた。
すると男が上目ずかいに楓を見た。

(な……!)

エメラルドグリーン。
そこには先程転がっていたはずのエメラルドグリーンの目が男の目にはあった。

(そんな馬鹿な! さっきそこで転がっていたはず)

だが、そんな物は転がってはいなかった。

『罠だったのか』
「それにしても、君だけだと思っていたんだが……」
『まさか他のヤツにベルゼブブがいくとは思わなかった、か?』

月影さえも同じ事を言っている。
すると、やはり男は顎に手を当てた。

「これはこれは、お初にお目にかかる。月影殿」

そして礼をする。
どうしたらいいのかわからない。
さっきと同じやりとりを自分達はしている。

『御託はいい』

月影が冷たく言った。

「そうですか。まぁそりゃそうですよね。私だってもう始めている訳ですし」
(来る……!)

男の目玉が転がってくる。
先程と同じならば、楓のすぐ下まで転がってくるはずだ。
楓は後ろへと跳躍した。
グニ、と何かを踏む感触があった。

(馬鹿な……)

さっきは避けたはず、だがそこだけ違っていた。
今度はソレを踏んでしまっていた。




























『おい、楓。どうした』

全く微動だにしなくなった楓。
この男に何かされたのか?
だが、月影からは男の動きなど見えなかった。
「私だって始めてますし」と、男は言った。
楓はその言葉の直後全く動かなくなったのだ。

「彼女は私の術中にはまりました」

男が言う。

『術中? そうか。そういう事か。だからベルゼブブがこんな所に』
「おや、察しがいいですね」

男はサングラスを取った。

『その目か』
「そうですよ。どうやらアナタには無駄なようだ」

男はそのエメラルドグリーンの目玉をギョロギョロと動かしてみせた。

『催眠術。聞いた事はあるが……』
「そんなチンケなモノではありませんよ」

サングラスを胸のポケットにしまう。

「催眠術何てモノは、相手に自分の言った事を信じこませる。こういったモノが多いんですよ。
まぁ、コレは一般的な例なんですがね。その点、私のはタネもしかけも御座いません。この目玉以外はね」

男は楓の周りをくるりと一周してみせた。

「モチロン、あの蝿を動かしたのは私ですよ」

コンコン、とまるでドアをノックするかのように楓の頭を叩く。

『貴様……』
「おおっと、アナタが何もできないってのは知ってますよ? 喋るしか出来ない。可愛らしいじゃないですか」

男はおどけた調子で言った。

「さてさて、こんな所ですし、邪魔が入る前に片付けてしまいましょうか」

男は胸のポケットからサングラスの代わりにナイフを取り出した。


























「さて、と」

ソロネは目を細めて自分の来た方向を見つめた。

「一体何処まで来ちゃったのかしら」

彼女は独り言が多いらしい。
片手に持っている剣をクルッと回す。
すると一回転し終える前にそれは消えていた。
ソロネは鼻歌まじりに歩き出す。
ベルゼブブにどこまで連れてこられたかはわからないが、道は1本。いつか辿りつく。
彼女は呆れるほどに楽観的な思考の持ち主であった。
だが、微かな何かを感じ取った。
眉をひそめる。
コレは、間違いない。
彼女が探して来たものだ。
懐かしい。
後方から巨大な蛇のような魔物が忍び寄っていた。
ソロネがそれに気付いた様子は全く無い。
大蛇は、静かにソロネのすぐ後ろまで来た。
首を曲げ、勢いをつけようとする。
ピク、とソロネが動いた。
それをキッカケに大蛇はソロネへと飛びかかった。
だが、大蛇の攻撃は空を切った。
いない。いや、消えた。
大蛇は周りを見まわしたが、白い女性の姿は一向に見つからなかった。
しかし、代わりに巨大な獲物を大蛇はを見つけた。
ソイツは空を飛んでいる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
大蛇はソイツに狙いを定めた。
と、大蛇の意識はそこで終わっていた。
バリバリ、と何かが壊れる音が聞こえる。
蝿の王、ベルゼブブが大蛇の頭を噛み砕いていた。


























『お前らは私が目的なんだろう!?』

ナイフを楓に向けている男に向かって、月影は相手の脳内にそう叫んだ。

「まぁ、そうなんですがね。邪魔でしょう。この娘は」

首筋にペチペチとナイフの刀身を当てている。

「それに、同じ所をさ迷っているよりは随分と楽ですよ」

男は口だけは笑ったが、目は全く笑ってはいなかった。

「今、彼女は微妙にずれてゆく夢のようなモノを見つづけているのですよ」
『夢、だと?』
「何ていいましょうか。いえ、私は名前をつけたりするのが嫌いなんでね。なんか安っぽくみられちゃいそうですから」
『何の、話だ?』

男はサングラスをかけた。

「この能力ですよ。ああ、能力というのも気がひける。とにかく、彼女はずっとさ迷っている訳です」

だんだんと男の話方がせっかちになってゆく。

「もう喋るのも疲れてきました。では、え〜と、楓さん。さようなら」
『止めろ!』

男はナイフを楓の首筋へと勢いよく突き付ける。
しかし楓の首筋へと向かっていた刃は、宙でピタリと止まった。
止まらざるを得なかった。

「アナタですか……」

男はため息まじりに、自分の首に触れそうな巨大な刃物の主に言った。
正確には、男の後ろにその主はいる。
美しい曲線を描いた刃物は、暗い洞窟だという事にも関わらず鈍く、黒光りしている。
先へ行く程に細くなり、根元は1本の棒と繋がっている。
刀や剣、一般の武器とは根本的に違った、相手を殺傷する為の武具。
誰しもその武器の主を見ると想像するであろう。
死神という存在を。

『ゲーデ……』

ツキカゲがそう呟いた。
死神を思わせる女性。女性と言うには若すぎるかもしれない。
頬に何かの刺青のような物があった。それは何を意味するのか。
黒い死神は、その象徴となる大鎌を無言のまま男の首に当てている。
引く、という単純な動作だが、一般的な武器にはなかなか見られる事がない。

「2対1ですか。状況は芳しくありませんね」

男は自分の首に何が当てられているのかわかっているのだろうか。
ゲーデがその気になれば一瞬で、男は走馬灯を見る事もなくその命が消えてしまうだろうに。

「しかし、どちらも人の命を握っている、という事だけは変わりないですね」

男の言葉は死への恐怖など感じていないかのようだった。
ゲーデはそれでも動揺する事なく沈黙を守っている。
人の命を握っている。男はそう言ったが握っているソレを消すのに何とも思わないであろう。
また、それはゲーデも同じだった。

「私だって、そりゃぁ死ぬのは嫌です」

楓の首筋には未だにナイフの刃先が触れそうになっている。

「どうです? その武器を引いて下されば楓さんを解放しますよ?」
「断る」

ゲーデはそこで初めて口を開いた。
その言葉は非情な言葉だったが。

「それは……」

ナイフは楓に向けたまま、空いている手をサングラスへと移動させた。
ゲーデがピク、と反応する。

「残念です!」

男がサングラスを外した。
ただそれだけだったが、ゲーデは大鎌を一気に引いた。
死を描く直線は刃物と刃物がぶつかり合う音と共に動きを止められていた。
男は楓へ刃物を向ける行為を放棄し、両の手で持ったナイフで大鎌の進路を断った。
ゲーデは止められた鎌をもう1度引こうとした。
だが周囲の異変に気付いた。

『すでにコイツらも……』
「そうですよ。もう死体となっていますがね」

それはオセの群れだった。
先程の群れとは大きく違い、腹部が裂けていたり胴体が貫通していたり、首が無かったり。
あきらかに動いている事がおかしかった。
ソロネや楓が絶命させたはずのオセ達だ。

「どうします?」

ゲーデの返答はなかった。
一陣の風を、月影は感じた。
同時に、洞穴内に轟音が轟いた。
近くのオセは切り払われ、それが届かないオセは大鎌によって作られた暴風によって吹き飛ばされる。
オセ達の2度目の死は呆気なかった。
オセの肉塊を中心として、残ったのは大鎌を振りきった姿の黒い死神だった。


























視界がぼやけている。
楓はぼんやりとした感覚の中、自分の今の状況を把握しようとした。
だが、今目の前はハッキリと見えないどころか上下に揺れている。

「ちょっと! さっさと起きなさいよ!」
『あまり無理をさせないほうが……』

ソロネはぼぉっと突っ立っている楓の肩を激しく前後に揺らしていた。
髪が乱れ、顔がガクガクと前後に揺れる。

「ちょ、止め……」

楓は今の自分の状況を知った。

「あ、起きた」

ソロネは楓の言葉を聞き入れるとすぐに手を離した。
ぐらぁ、と楓は地面へ向かって倒れて行った。

「っと」

倒れそうになった楓をソロネが支えた。

「ここに、ヤツが来たんでしょ?」

楓を真正面に捉えてソロネが言った。

『男の事か?』
「違う、ゲーデよ」

今度は楓の腰に差してある月影に視線を向けた。

「来てませんよぉ」

楓はフラフラとしながら言った。呂律も危うい。

『来た。楓が催眠にかかっていただけだ』
「なるほろぉ」

わかっているのか否か、楓は立つ事さえままならないといった様子だ。

「何処に行った?」

ソロネの目は厳しい物だった。

『わからん』
「なんで!? アナタはココにいたんでしょう! 一部始終を見たんでしょう!?」

ハタから見ればソロネが楓に怒鳴っている、としか見えないだろう。

『落ちつけ。確かに私は見ていた』
「なら……!」

少しの間を置いてから月影は言葉を続けた。

『あの時、ゲーデが大鎌を振るった。近くのオセは粉々に、遠くのオセは吹き飛ばされていた。……次の瞬間には男もゲーデも消えていた』
「……」

暫くの間ソロネは顎に手をおいて長考していた。
一人肯くと、その手で楓の肩を叩いた。

「短かったけど、楽しかったわ」
「え?」

その意味を理解するのに時間を要した。

「じゃぁね」
「え、あ、ちょっと……」

ソロネは軽くウィンクをすると走り去って行った。

「え?」

一人残された、いや、残された一人と一つ暫くの間はぼんやりとその方向を眺めていた。

「どういう事ですかね?」

月影に触れる。

『わからん』

ソロネの姿はすぐに見えなくなった。

「え〜と?」
楓は懸命に自分の置かれた状況を確認しようと周りを見回したり、長考してみたりもした。
しかし、答えは出てこない。
『とにかく、だ』

頭を悩ませる楓に月影が声をかける。
『お前は、間抜けだったって事だ』
……洞穴内で静かな金属音が木霊した。













説明と登場人物紹介、及び補足等(巣穴編)







「壱」戻る「参」







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