黒装束をまとった少女は、ひらりと優雅に後ろへと跳躍した。
少女がいた場所を異形の手が遅れて伸びる。
空を切った手の主は、勢いを殺せずにたたらを踏んだ。それを少女がゆっくりと眺める。
そして、その大きな鎌で異形の首を跳ねた。

「コレも、そうなのね・・・」

崩れ落ちる異形の向こうにあるモノを眺めて、少女は誰にともなく言った。











『壱』










雲1つ無く、良く晴れた空の下、ゆっくりと紅茶をすする人物がいた。
白いテーブルと白い椅子。
店の外に出て、カップを両手で持ちながらのほほんとしている。
水色の和服に腰には2本の刀が差してある。洋風なこの店には全く似合わない格好である。

「やっぱり故郷のお茶が飲みたいです……」

まるで誰かと話しているかのような言葉だ。周りにはその人物と向き合う者など1人もいない。
ただ、珍妙なモノを見るかのような目付きで少女を眺める人はいる。
それはそうだろう。大勢の人が通る場所で、誰もいない空間に向かって喋っているのだ。

「もうちょっとゆっくりさせてくださいよ」

ぼんやりと青い空を眺めながら少女は言った。

「え? 周りをみろって?」

少女は視線を下ろし、周りを見渡した。
すると大勢の人が自分を見ながら笑っているではないか。

「お、お勘定お願いします!」

少女は顔を真っ赤にさせながら、慌てて店の中へと入って行った。
























『あまり目立つなと言っているだろう。ただでさえそんな格好は目立つのだぞ?』

2日前から宿泊している宿の一室。
ベッドに腰掛けていた少女に声がかけられる。
しかし、この部屋には少女以外に誰もいない。
質素なその部屋にはベッドが1つにテーブルと机が1セットだけだ。
窓は高い位置に1つしかない。
少女は立ちあがり、1本の刀を持ってテーブルの上に置いた。
自分は椅子に座る。

「なら、あんな所で話しかけないで下さいよ」

少女は昼間の時のように誰にとも無く、いや、テーブルの上に置かれた刀に向かって言った。

『のんびりしすぎだ。向こうから来る前に、こちらから出向いてやると言ったのは楓だろう?』
「まぁ、そうなんですけど」

少女、楓は高い位置にある窓から月を眺めながら言った。

『最近は周期が早まっている。いつ襲われるかわからん』
「はぁ……」

楓は興味なさげに答える。今夜は月が綺麗だ。そんな事を考えている。

「ソレ、喋るのね」

楓は反射的に刀を手に持ち構えた。
自分とこの刀以外、誰もいないはずだ。
なのに何故別の声が聞こえた?

「誰ですか?」

楓はゆっくりと声のした方に体を向ける。
白。まずその色が第1印象だった。
白い装束を身にまとった白い髪の女性。
女性と言うにはまだ若すぎるかもしれない。
白く、長い髪を鬱陶しげに手で払っている。
楓はなんとなく―見たことは無いが―天使という言葉を思い浮かべた。
白の女性がゆっくりと口を開いた。

「人を探していて、ね」

問いの答えにはなっていない。
だが白の女性を見て、特定の人物を思い出していた楓はギクリ、とした。
楓が思い出していた女性。
目の前の白い女性と似ている。
はっきりとは覚えていないが、同じ位の背丈だった気がする。
1つだけ違うところを挙げるとすれば、それは色だった。
白と黒。全く対照的な色を身にまとっていた。

「アナタは以前に私と似た人物と会ったでしょう?」

楓が黙っていると、白の女性は言葉を続けた。

「どこで会ったか教えてくれない?」
「会った事を知っているのに、場所は知らない、と?」

そこでようやく楓が口を挟んだ。

「まぁ、そうね」
「確かに会いましたが、知ってどうするんです?」

白の女性は腰を上げて高い窓を見た。

「今夜は月が綺麗ね」
「?」

白の女性は再び鬱陶しそうに髪を手で払いながら、窓の外の月を見つめた。
つられて楓も月に見入ってしまった。
月は丁度半分になっていた。
影の部分と光の部分。その対象的な部分が1つとなって宙に浮かんでいる。
楓は半月が好きだった。理由はわからない。
半月に見入っていた楓は、何時の間にかに白い女性が部屋を音もなく去っていた事に気づかなかった。

























『おい、起きろ』

楓の脳の中へと直接声が届いた。発信元はベッドに掛けられている刀である。

「ああ〜、一口だけでもぉ〜」

宿泊料が比較的安い宿屋の一室。
楓は寝返りをうちながら訳のわからない言葉を発した。……寝言であろう。

『おい!』

もう1度刀が語りかけた。

「ぅぁ!?」

楓はガバッと起き上がった。

「い、今夢の中に!」

床に倒れている刀を指差しながら口をパクパクとさせている。
楓が慌てて起き上がったせいで、刀は薄汚いシーツに引っ張られて倒れてしまっていた。

「夢の中に……、足があって……目玉が……」

起きているにも関わらず、意味不明な事を言う。

『寝ている間に脳に直接話しかけたんだ。ソレのせいだろう』
「あ……なるほど」

楓は何故か妙に納得した。

「で、何で起こしたんです?」

ベッドから降り、着替えながら楓は言う。
やはり、水色の和服に着替えている。

『今は静かなようだが、下がどうも五月蝿くてな』
「気になった、と」

髪をまとめながら刀に向き合う。

「でも、こんなトコじゃそういった事はしょっちゅうだと思うんですが」

ココはお世辞にも綺麗とは言えないような場所で、そして治安も悪い。
喧嘩、殺人、強盗、事故……etc。
こんな場所ではそれが当たり前、日常茶飯事である。
ただでさえ、最近はこんな場所でなくとも多発している。

『そんなもんじゃない。一瞬で静かになったんだ』
「一瞬、ですか」

髪をまとめていた手が止まった。

『ああ、一瞬だ。もしかすると……』
「なるほど」

楓は腕を1度組んで思考する姿勢をとったが、すぐに腕をとくと作業を再開した。
毎日やっている事なのに、これだけは妙に遅かった。

「さて、と」

ボロボロになったドアをゆっくりと開けて階段へと向かう。

『気をつけておけよ?』
「わかってますって」

この刀はこんな時にはかならず、言う。
そして楓の返答も毎回同じ。
トントン、と軽い音を鳴らしながら階段をおりて行く。
たまにギシギシと気味の悪い音も鳴っている。

「はぁ〜い」

階段をおりた先に待っていたのは1人の女性であった。
その女性は白い髪を肩まで伸ばし、白い服を着ていた。
またもや楓は1人の女性を思い出す。昨日の女性だ。

「随分起きるの遅いのね」

女性はカップを片手に木製の椅子に座っていた。

「はぁ……」

楓の口からため息では無く、なんとなくそんな言葉が漏れていた。

「あ、名前ね、名前。私はソロネ」
「えっと、楓です」

こんな性格だったのか……。楓はそんな事を思いつつも答えていた。

「楓、ね。じゃぁアナタは?」

ソロネは楓を見つめて言った。いや、さしてある刀に対してだ。

『月影だ』

2人の頭の中で声が直接語りかけられた。

「やぁっと話してくれたわね」

ソロネはテーブルの上で肘をつき、手を組んで月影と向き合っていた。
月影はテーブルの上に置かれた。
はたから見れば、ソロネが刀を真剣に見つめている、そんな感じなんだろうな。
楓はそんな事を思いながらカウンターで注文した紅茶をすすっている。

『何時から気づいていたのだ?』

月影は言葉を選びながら言った。

「そりゃぁもぉ、見た時から」

ソロネは微笑みながら軽やかに言う。

『見た時からだと!?』

それに対し、月影の言葉は激しかった。

「そうよ、見た時から」
『ソロネ、とか言ったな。お前にはわかるのか?私みたいな物が』

今度は落ち着き払った調子だった。
ゆっくりとだが、早く答えを知りたい、といった感情がその言葉から感じられる。

「わかるというか、私……」
「おい!白い女ってのはお前か!?」

ソロネの答えは、小汚い大柄な男の声によって遮られた。
小汚い町の小汚い宿屋には、小汚い男は良く似合っていた。

「てめぇが俺様の子分を痛い目にあわせたそうじゃねぇか、ええ?」

男の分厚い手がソロネの細い肩を掴んでいる。

「……」

ソロネは無言で答えない。

「びびっちゃったか、お嬢チャン?」

男はソロネを見ながらニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。

「五月蝿いわね」

ソロネはゆっくりと立ちあがると男を睨みつけた。

「なんだぁ?人がせっかく親切にしてやってんのに」

勝手な事を言って……、と楓が思いながら立ちあがった刹那、
「え……?」

男が宙を舞っていた。
まるで側転をしたかのように横に回転しながら倒れ込んだのだ。
楓の目はソロネが軽く男の足を払ったのを捉えていた。
足を払いつつ、男の右肩を右手で抑え、叩き付けたのだ。

「汚い手で触らないでくれる?」

ソロネはそう言うと、何時の間にか手に持っていた、これまた白い剣の切っ先を倒れた男の顔に向けていた。

「凄いですねぇ」

楓が手を叩きながら再び椅子に座る。

「ありがと」

ソロネは楓に振り返ると軽くウィンクをした。
ただし、男には剣の切っ先を向けたままだ。

『先程の騒動も、ソロネ、お前がやったのだな?』

楓とソロネにだけその声が届く。

「ええ。でも今よりもちょっと酷い事しちゃったかも」

男の目の前で剣の先をゆらゆらと揺らしている。

「アナタは、どうされたい?」

ソロネは顔を近づけると耳元で囁いた。
剣はのどもとまできている。
男は冷や汗をだらだらと流し叫ぼうと口を開閉させているが、恐怖のためか声として出てこない。
ソロネはクス、と笑みを浮かべると男の体を開放した。
やはり、何時の間にかに剣は消えていた。

「ヒィィ……ッ!」

男は慌てて外へと走って行った。
ドアの足元にある段差に足をかけ、転んでしまっても尚、こちらを少しも見向きもせずに逃げて行く様はとても滑稽であった。

「あはははは!」
「うわぁ〜……」

ソロネは必死に逃げ去ろうとしている男を、指を差し、腹を抱えてわらっている。
間抜けだ……と、そんな感じが伝わってくる声の主は楓だ。

「と、言う訳でこれから何処に行くの?」

未だに笑いの虫が納まらず、顔をひくつかせながらソロネが言った。

『どういう意味だ?』

黙り込んでいた月影が口を出した。

「ついて行くのよ」

先程とは違う笑みを浮かべている。

『違う、さっきの言葉だ。“わかるというか……”だと?』

ソロネだけに声が伝わる。

「そんなの別にどうだっていいじゃない」
「そうですよ、別についてきたっていいじゃないですか」

月影の言葉が伝わっていない楓は明かに勘違いをしていた。

「旅は楽しいほうがですし」
「そうよねぇ」

2人とも向かい合って微笑んでいる。

『だ、だが……』
「いいじゃない!決まりよ決まり!」
「決定ですね」

月影の言葉を遮る2人の言葉が朝の安宿の中で響いた。

























「あ〜、こっちこっち。うん、たぶんこっち」
『……たぶんとは何だ?』

ソロネは額に人差し指を当て、何かを考えるようにしながら2人を誘導する。
正確には1人と1つ。

「いいじゃないですか、たぶんでも。ゆっくり行きましょうよ」

ソロネを弁護するように楓が会話に割って入った。

『だが……』
「あ、あったあった!」

いつの間にやら、ソロネは楓と月影から大分離れた場所にいた。

「え?何処ですかぁ?」

楓の大声がこの洞窟内に響き渡った。























この世界には人のように高い知能を持った生物が確認されている。
その生物は無論、猿やイルカ、カラスなどではない。
もっと、醜悪で狂暴な生物とされている。
いつからこの地上に現れたのかは誰も知る由もない。
その生物を、人々は恐れの意をこめてこう呼んだ。
【unfamiliar】又は、【魔物】と。
unfamiliar、魔物は様々な形態が確認されており、その確認された種類だけで数万にも上ると言われている。
また、魔物は洞窟のような場所に好んで住み着く。
その洞窟は、自然に作られた物なのか、それとも魔物が作り上げた物なのか、今となっては確認する事ができない。
それほどの大きさの、それほどの深さの洞窟が多数この地上には存在しているのだ。
《魔物は人や家畜、野生の動物、無関係に襲う》とされている。
だが、逆に《魔物に襲われたが、別の魔物に助けられた》という報告もある。
その形態もおぞましいものばかりで無く、人と著しく似た形をする魔物もいる。
魔物とは、人々に害を成す生物や、未知の生物などを示すのである。


























楓達はそんな生物達が好んで住み着く巣穴の中にいるのだった。

「ほら、ここ」

ソロネは小さな穴の窪みを差した。

「うわ、こんな小さなトコにもあるんですね」

























そして、魔物と認知されずに人々に恐れられ、又、未知とされている生物がいる。
その生物こそ、魔物よりも性質が悪かった。
ある生物は岩をも砕き、ある生物は一瞬で町を壊滅させた。
何より、頭がいい。
狡猾で、恐怖という物を知っている。
恐怖を知らない生物は何の躊躇いもなく散っていく。
だが、その生物は恐怖という物を知っている。
それほど危険な存在であるのにも関わらず、何故【unfamiliar】、【魔物】と呼ばれないのか。
それは、その生物が人という生物であるからだ。


























「あ〜、ソレ、俺らに譲ってくんねぇ?」

穴に手を入れようとしたソロネに後ろから声がかけられた。

「何故です?」

楓がその者の前に出る。
いつでも抜刀ができる体制になっていた。
右手だけが刀の鞘に触れている。

「俺達は貴様ではなく、そっちの白いほうに話したんだ」

もう1人、大柄男が現れた。
先に声をかけた男とは違い、明かに楓達を敵視している。
ソロネは穴から手を抜くとその手に持っている物を手の上で弄ぶようにして転がした。
そしてこう言った。

「ぜっっっっったい」

ソレを軽く上に投げる。

「渡さない」

ソロネの手が素早く動いた。
パシィ、と軽い音を立ててソレは粉みじんになった。

「貴様ぁ!」

大柄な男が怒りの叫びをあげた。
ソロネは五月蝿そうに耳を塞いでいる。

「ソレがなんだかわかっているのか!?」

男は怒りの表情を変えずにソロネへと近づいていく。

「わかってるからこうしたのよ」

ずい、とソロネは前に出て男の前に立つ。

「わかってるだと!? わかっているのにやったのか!?」

一言一言大きな声を張り上げている。

「五月蝿いわね〜。ハイ、わかっててやりました。OK?」

突然男がソロネの胸の辺りに手を押しつけた。

「死ね!」

突然ソロネの体がくの字の形になって吹き飛んだ。
薄暗い洞窟の中で、ソロネの体と壁との衝突の音が木霊す。
それに続き、パラパラと砂利かの音が聞こえてくる。

「ソロネさん!」
『待て! 動くな楓!』

慌てた楓が月影に止められる。
ソロネを吹き飛ばした男が楓にも襲いかかる。
男の両の手が楓に迫る。
楓は後ろに跳躍してそれから逃れた。

『おそらくあの男は触れた者を吹き飛ばす事ができるのだろう』
「やっぱりそうですか」

楓は月影を抜くと彼の声に答えた。

『ああ、そうだ。……問題ないな?』
「もちろん」

楓は刀を中段に構える。
それだけで男に対しての牽制となる。
武器と素手、それは卑怯にも見える。
だが、相手によってはそれは逆だ。
それこそが魔物よりも恐れられる生物、人だ。
しかしこの場合は一般人とは訳が違う。
何故こうなったのか、それを知る者はいない。
だが、実際にいるのだ。特異な能力というモノを持った者が。
さらに、この場合、卑怯という言葉自体は問題ではない。
求められるのは結果だ。
生か、死か。それだけだ。
刀を持ち始めた楓に臆したのか、男は近づくのを躊躇った。
間合いに入れば一瞬で斬られる。それぐらいは相手が獲物を持っていればだれだってわかる。
だがそれは、男にも出来る。
男の掌から発せられる衝撃で相手を吹き飛ばし、粉々にする事など容易いのだ。
―――ソロネのように。
その男の躊躇いに、楓はつけ込んだ。

「っ!?」

何かが風を斬る音と共に男は仰け反った。
男は突如肩に激しい痛みを覚え、そこを抑える。
細長い、針のような物が右の肩口に突き刺さっている

「くっ!」

男はすぐにソレを抜き取ると楓を睨んだ。

「……!!」

男は目の前の楓を見て驚愕の顔をする。
楓は刀を鞘に収めている。だが、その両手には指の間からそれぞれ細長い針が見える。
アレを1本投げられた。
先ほどは1本だけだ。
今は両手の指の間全てで針を握っている。
つまり、次は8本。

「だぁぁぁ!」

男は意を決して楓に襲いかかった。
致命傷にはならない。我慢すればいい。
楓は冷静に、次の行動をおこなった。
両手共に開き、針を全て地面に転がす。
そうして男とは逆にゆっくりと、そう、男は目の前まで来ているのにも関わらず動作は極めてスローだった。
男の拳が楓の頬に触れそうな時、その時になって楓の右手が刀に触れた。










――キン――








静寂に守られた洞窟の中、男の怒号の次の音は拳が楓を捉える音ではなかった。
金属音だった。
刀が鞘に収まる音だった。


















戻る「弐」

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