『壱拾八』















 「Shit! 信じられないわアイツ!」

 ジーは撃ち尽した拳銃を地面に叩き付けるようにして投げた。拳銃は一度だけ固い土の上 でバウンドしたが、2度目に地面についた頃には2度とはね返ろうとはしなかった。ジーは 歯軋りをたて、悔しがった。彼女とスタンは若干18の若さで、暗殺に関しては仕事をしくじっ た事がなかったのだ。

「スタン! ヤツは気付いているの!?」

ジーは青い空に向かって怒鳴った。大きな雲が太陽の光を遮っている。ジーの上を巨大 な雲の影が大きく、大きく襲いかかるようにして被さっていた。

「そう、そうよね。落ち付かなきゃ。ありがとう、スタン」

果たして、ジーへの返答は全く無かった。しかし、ジーは静かに肯き、小さく呟いた。ジーの 目は青い和服を着た女を確認している。隣には小さな、これまた青い髪の少女がいた。
 ジーは一度深呼吸をして気持ちの昂ぶり、つまるところ苛々している自分を落ちつかせ た。35口径の拳銃を拾い上げた。ジーは片手でシリンダーを回し、それを見つめた。ジャ ララララ……、ジャララララ……。シリンダーは気持ちの良い音を立てて回っている。
 ジーは今一度拳銃を掲げて銃口を和服の女へ向けた。
 ジーは一度目を閉じ、ゆっくりと目を開けて狙いを定めた。その時、和服の女、【Silence  edge】と目が合ってしまった。
 【Silence edge】はジーに気付いていた。

































 楓は困り果てていた。壊す為にわざわざ新しい巣穴の中に入り込み、十数匹の【unfami lir】を倒したというのに、イリスは気に言ってしまったのだ。楓はため息をつき、イリスの持っ ている刀を眺めた。
 楓は初めてソレを見付けた時は驚いてしまった。まるで月影のようだったのだ。何処が違 うかどうかなど全くわからない。見分けがつかない。しかしそれは結局は見かけだけであっ た。月影のように脳内へと直接話す事が無いどころか意思、つまるところその刀としての 存在感を感じられないのだった。
 楓は今何処にいるかもわからない月影の事を思い返した。おそらく、まだゲーデが所持 してくれているのだろう。そして楓はゲーデとソロネの事を思った。あの黒と白の正反対の 両者は一体今何処に? そして両者共に無事なのだろうか。
 ゲーデとソロネは相対していた。いや、一方的にソロネがゲーデに対しての憎悪を感じ られた。ゲーデはそれに対して哀しみの表情を浮かべ、対処しきれずにいた。一体、二人 には何があったのか。
 楓とこの二人が共に共有した時間は少なかったが、それでも楓にとってこの二人は何ら かの意味を成していた。しかし何をどう考えても二人の秘密はわからない。それが楓には 少なからず悲しいという感情を覚えさせた。
 《シュバルツバルト》。楓は小さな石ころを摘み上げてその巨大な組織の事を頭の中に思 い浮かべた。イリスの手を引いて丸みを帯びた小さめの岩に腰掛ける。
 一体、何が目的で、何の為にアレを集めているのだろうか。月影は【Pandora's box】と呼 んでいた。それはは【unfamiliar】を呼び寄せる危険な物らしい。《シュバルツバルト》という 組織は【unfamiliar】を集めて、いったい何がしたいというのだろうか。
 楓は荒野と化している街を眺めた。この場所は昔は食物などの交易で盛んだったらしい。 しかし、突然現れた【unfamiliar】とその巣穴によってほとんど荒野と化した。生き残った人 々は時に矛を持ち、時に馬鹿高い銃器を何とか手に入れて立ち向かったが【unfamiliar】の 勢力は抑えきれず、そのまま人々は潰えた。そして今はボロ家や元は家だったかもしれな い小丘が出来あがっていたり、荒れ放題であった。ここが街であった事を知る者がいなけ れば、ここはただの巣穴に通じる荒野として人々に知れ渡った事だろう。
 《シュバルツバルト》には大勢のエージェントと呼ばれる者達がいる。その何人かと楓は 戦った。エメラルドグリーンの不気味な催眠眼を持つ、黒いスーツの人物。コートで身を包 み、【unfamiliar】のどんな再生力さえ凌ぐ再生力を誇る、恐るべき能力を持つ男。影の中に 身を潜める事ができる、ナイフ使いの少女。胸元に首から下げたネックレスを掲げた、治癒 能力を持ち、口先だけの男。そして、焔……
 どの人物も自分と互角、いや、それ以上の力をもっている。あの影の中に潜む事のでき る少女でさえ、きっと自分の実力を上回っているだろう。能力。口で言うだけでは簡単だが それは能力を持たない自分にとっては脅威だ。ただの人間の自分には脅威だ。おそらくあ の態度がコロリと変わった眼鏡の女も何らかの能力を持っているに違いない。
 楓は考えねばならない事の多さにため息をついた。彼女は知らなかった。今、ソロネが どうなっているのか。ゲーデがライツァーと月影と共にいる事。そして、焔がもういないとい う事を。
 イリスがため息をついた楓の顔を心配そうに覗きこんだ。楓はそれに気付くと優しく微笑 み、イリスの頭を撫でた。イリスはゆっくりと視線をその刀へと戻した。イリスは先ほどから そうしてじっと眺めている。何を考えてそうしているのか、誰にもわからない。もしかすると イリスにもわからないのかもしれない。
 楓は遥か上空に眺める事のできる青空を仰いだ。それから何かを決心したようにすっと 立ち上がる。すると座ってじっとしていたイリスも立ち上がった。それから楓はイリスの手を 取って荒野の中心、ボロボロになっているがまだ辛うじて立っている時計台へと向かった。
 楓は時計台の真下の階段に腰を下ろした。イリスもそれに従う。それから楓はスティッツ と会った場所で手に入れた食物を懐から取り出した。白米で出来た握り飯だった。楓は昔 に過ごしたであろう故郷の食物だと知っている。それをイリスに一つ手渡し、自分も一つ齧 ってみる。少ししょっぱい味がしたが、美味かった。白米に塩をまぶした物だろうか。簡単で 質素だが、それでも好んで食べる価値はあると思った。イリスを見てみると、小さな両手で 握り飯を持ち、まじまじと興味深そうに見つめてから一口、小さな口で食べてみた。それか ら表情を変えずに何度か口をもごもごと動かし、味を確かめ、再び口に運んだ。楓はそれ を確認すると新しい握り飯を取り出してそれを食べた。
 空は巨大な雲がゆっくりと流れ、太陽を何度か隠した。しかし巨大な雲は不吉な色をして おらず、むしろ晴れ晴れとした天候には気持ちの良いくらい似合う雲だった。
 楓は握り飯を口に運びながら元は街だった荒野を改めて眺めてみた。何もかもがオレン ジ色と肌色の中間のような色をしていて、何もかもが古臭く見えた。風が吹く度に砂埃が 舞い、その動きが手に取るようにわかるように、なだらかだった。時につむじ風のような風 が吹き、砂埃が小さな竜巻を生んだ。しかし小さな竜巻は決してそれ以上大きくなる事もな く、時間もかけずにすぐに小さくなってゆく。そしてまたすぐにつむじ風が吹き、新しい小さ な竜巻を生み出す。それもまたすぐに消滅し、また新たな……
 楓はこんなのどかな街並みを気持ち良く思った。人がいないという事も、それはそれで素 晴らしい事だと気付いた。人は自分の都合の良い事だけを考え、そして物を生み出し、自 然の摂理を崩してゆく。それはとても酷い事だった。結局、楓自信もその仲間だったので、 なんとも言えない気持ちになる。
 そしてその時はやってきた。音は風だけが支配し、動く物さえも風だけが支配していた。 しかし、それは唐突にやってきた。
 まず、楓は自分の足の痛みに気付いた。それが太股だと言う事にもすぐに気付く。それ からそこに穴が空いているという事に驚く。何故穴が空いているのか、それを頭の中で整 理する前に、楓の体は動いていた。痛むイリスを抱えて地に伏せる。乾いた音とともに背 後で壁に何かが当たる。楓はそれを確認し、急いで自分が今いる場所とは反対側、丁度 時計台の逆側に回り込んだ。その際、楓の太股から出血が生じ、地面にその痕跡を残し た。
 何が起きたのか、楓はそんな事を考えるのは後回しにした。まず自分の懐から布を一枚 取りだし、それを引き裂き、細長くして太股に雑に、しかしキツク縛り付けた。イリスを見る 今、自分が非常自体に接した事を察したらしくじっと何かを考えるようにして口を固く結ん でいた。もしかしたら怖いのかもしれない。楓はそう考えた。
 楓の考えは正しかったのか、それとも間違っていたのか。それはどちらでもなかった。イ リスは恐怖を感じていると共に、今、何が起きたのかを冷静に判断していた。まず、楓の太 股に穴が空いた。それは許されない事だ。そしてその後楓は自分と共に地に伏せた。楓も 本能的に察しただろう。相手は銃器で、何処からか狙っているのだ。そしてここから見えな い場所という事は、かなりの長距離まで狙い定める事の出来る銃器か、それともとんでも ない銃使いなのか、それとも、特殊な能力なのか。イリスは、何故自分がここまで冷静に 考えていられるのか、自分の事を不思議に思った。やはり、スティッツの言っていたように 自分は特別な人間なのだろうか。わからない。全くわからない。だが、今はそんな事を考え ている暇はない。やがて敵は先程の場所と真逆に位置するこの場所にも銃弾が届く場所 へと移動するだろう。じっとしている暇はないのだ。
 楓もほとんどイリスと同じ事を考え、推測していた。敵は銃器、そして遠い場所にいる。相 手は一人かもしれないし、複数かもしれない。ここからでは何もわからない。相手は《シュ バルツバルト》なのだろうか。それともまた別の? 《シュバルツバルト》だとすればそれは 酷く不利な状況だ。おそらく敵は何らかの能力を持っている。そしてこちらは敵の能力を知 らないどころか場所さえもわからないのだ。
 これから一体どうやって相手に対処するか。まず、逃げるか戦うか決断しなければならな い。そしてどちらを選ぶにしろ決断を早期にしなければならないのだ。どうするべきか。楓 は頭を悩ませた。こちらにはイリスがいる。自分一人でもどうにかできるとは思えないとい う状況なのに、イリスがいるのだ。自分はイリスを守ると決心した。それなのにこのザマは なんだ。この状況で、しかも自分は足を怪我していて……。どうする事も出来ないのか。
 そこで楓は頭痛を覚えた。





























 ――やめっ!

 ――ひぃぃぃぃっ!

 ――お前は一体なんなんだよおっ!

 ――待ってくれっ、殺さな……

 ――子供だけは、どうか子供だけは……

 ――神様、どうか私をお助けください

 ――うわあああぁ!

 ――痛い、痛いよ!

 ――望みは何だ? それをやるから見逃しっ……

 ――助けてくれぇっ!

 ――なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 ――お父さん!

 ――いいいぃぃぃ!

 ――ちくしょうっ! ちくしょうっ!

 ――お前なんか殺してやる!

 ――ああ……

 ――何でだよっ!

 ――があぁぁぁあっ!


 そこでは何もかもが狂気の声で溢れていた。誰もかもが何かを叫ぶ。時に断末魔を。時 に悲痛の叫びを。時に尊き者を失った哀しみの。時に怒りの。時に狂った声を。時に……。 全てが共通して一人の人物に注がれていた。その人物は武器を一つ片手に人々を殺戮 していた。その表情には、何もない。怒りも、悲しみも、歓喜の表情さえなかった。まるで表 情が洗い流されてしまったようだった。
 そして楓はテーブルの下でガタガタと震えている。遠くから叫び声が聞こえる。それが聞 こえてくる度、楓は震えあがった。そしてすぐに息を飲む。呼吸をしている事が憎たらしか った。何故なら、その呼吸音がアイツに気付かせてしまうかもしれないから。やがて叫び声 は聞こえなくなった。楓は自分が助かったと思う。しかし、突然自分の目の前に一つの顔 が転がった。そう、顔が転がってきた。それは自分の母親の顔だった。髪は乱れ、口はカ ッと開かれ、目が楓を睨んでいた。―ナゼオマエハイキテイル―。
 楓は叫びをあげてテーブルの下から出て家の中から逃げ出した。すると家の外ではアイ ツが待ち構えていた。アイツは無表情のまま楓を睨んでいる。そして、無表情の癖に口の 端を吊り上げ、ニィ、と笑みを浮かべたのだった。































 風を切り裂き、空を切り裂き、何もかもを切り裂いて一つの銃弾が突き進んでいた。それ を阻む物は何もいない。真直ぐ、真直ぐに頭を抱えている楓へと突き進んでゆく。誰にもそ れを止める事は出来ない。何者にもそれを止める事は出来ない。真直ぐ、真直ぐ、真直ぐ。
 しかし楓は咄嗟に身をよじってそれを避けた。地に穴が空く。
 銃弾はそれだけではなかった。さらにもう一つ、真直ぐ、真直ぐ、真直ぐ……。
 暗殺者は驚き、スコープから目を離して“肉眼”で楓を見た。一体、どうやった? 何をし て避けた? その暗殺者には楓が銃弾をどうやって交わしたのかわからなかった。さらに 想像もつかなかった。人が銃弾を避けるなど聞いた事がない。一発目は偶然だとしても、 2発目は一体何をした? 暗殺者には銀色の閃光が閃いた事だけはわかった。そしてよ く考える。【Silence edge】は能力を持たない、と聞いた。そして人が銃弾の動きを確認で きるという事も有り得ない。
 暗殺者は知らなかった。そして、まさか楓が銃弾を切り落したという事など考えられるは ずもなかった。暗殺者は現実主義者だ。リアリストだ。能力を持つ自分自信は、現実的に 有り得てしまっているのだから、彼はそれを認めている。しかし、楓が人の動きの限界を超 えるなど、思ってもいなかったのだ。
 暗殺者は楓を観察しながら、昔自分のボスが言っていた事を思い出した。
























 ――アレは成功された失敗者だ。




























 何の事だかはわからないし、それが何を意味するのかも想像がつかない。しかし、つま りはその言葉の中に楓という人物を正確に現しているのだと、今、彼はまさに知った。
 楓へと向けて複数の銃弾がたてつづけに放たれた。しかし、楓にはその銃弾の“軌道”の 途中で絶たれている。
 もう一人の暗殺者は驚き、ここからではよく見えない楓を睨んだ。しかし、すぐに目を反ら した背筋が凍り付いたのだ。まさか、この位置を知ったのだろうか。
 楓は銃弾のやってきた、二つの場所を知った。つまりは、敵は二人以上。楓は口の端を 吊り上げて、ニィ、と笑みを作った。









































 ――コロシテヤル























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