『壱拾九』











「姉さんおちついて」

スタンは目の前の――数百メートル先の――銃弾を弾いた者を観察しながらゆっくりと呟いた。

「姉さん、アイツは今、怪我をしているんだよ。それに、小さな女の子もいる」
『そう、そうよね。おちつかなきゃ。ありがとう、スタン』

スタンは姉、ジーのその言葉を聞いて安堵のため息をついた。
 そうだ、その通りなのだ。落ち着かねばならないのだ。今目の前で銃弾を弾いてみせたのは、きっと 《シュバルツバルト》の情報でさえも知る事のできなかった【Silent edge】の特異な能力に違いない。 もしかしたら、今まで眠っていた能力が開花したのかもしれない。そう、僕はおちつかねばならない。 冷静さを失った者はやがて死する。今までそれを頭に叩き込み、生き抜いてきたではないか。おちつけ 、スタン。
 ジーとスタンは二卵双生児だった。この双子は生まれてまもなく親族たちに気味悪がられていた。そ れは両親でさえも。双子は何もかもが同じだった。身長、体重、左手の小指が第一関節から先がない事 、泣き声をあげるタイミング、排泄する時間、笑うとき、右足だけをばたつかせて喜ぶ事、両親が殺さ れたそのとき笑っていた事。そうしてその特異稀な双子は《シュバルツバルト》によって保護、いや、 回収された。《シュバルツバルト》の研究結果の末、この二卵双生児の双子は感情を共有している事が 判明した。一定の感情ならば、片方が受けた傷、苦痛、悲しみ、喜び、恐怖、即ち感動を共有している のだ。ただし、それは一定の量を超える事はできない。それは本能的なのか、それとも無意識での故意 的な行動結果なのか、はっきりしていない。片方が死すれば、もう片方も死ぬという事はないだろう、 と《シュバルツバルト》の研究者たちは語った。そして双子は感情だけでなく、言語を頭の中から相手 へと伝える事ができた。つまり、双子はテレパシストなのだ。そして、テレパシストである結果が、双 子が感情を共有している事に繋がっているのだろう。無論、テレパシー能力は双子の間でしか行う事が できない。

『スタン、見せてやろうじゃないの。あの【Silent edge】とやらに。私たちの力を!』
「うん、わかったよ姉さん」

 スタンかジーか、どちらが兄で、どちらが姉かははっきりしていない。しかしスタンはジーを《姉さ ん》と呼び、ジーはスタンの事を弟だと認識している。呼び方、姉弟の区別などどうだっていいのだ。 スタンはジーで、ジーはスタンなのだ。
 ジーは【Silent edge】に気付かれているという事を知らなかった。ジーは【Silent edge】と百数 十メートルも離れた岩の陰に隠れているのだ。気付かれるはずがない。

『姉さん、ヤツは気付いている』

 ジーは舌打ちをした。

「Why?! 何故?! ヤツには何らかの能力があるっていうの?!」
『わからない。でも、きっとそうなんだ」
「スタン、どうするの」
『姉さん、大丈夫だよ。【Silent edge】は足を怪我している。こっちに気付いていたとしても』
「OK、蜂の巣にしてやればいい」

 ジーは拳銃を一丁ずつ、片手で持った。その拳銃を胸の前でクロスさせ、静かに目を閉じる。大きく 深呼吸をして両目をゆっくりと開いた。

「OK、スタン。おちついた。ヤツは何処?」

 スタンは自分の鼓動もおちついたのを確認し、深呼吸をした。そうして【Silent edge】の動きをよ く観察した。

「姉さんの右前方、15度、距離約200メートル、武器をしまったところだよ」

 ジーは拳銃を強く握り締めた。

「OK、My brother!」

 ジーは力強くそう言うと二丁の拳銃を前方に構え、小さく見える人影に向かって発砲を開始した。
 スタンはジーの言葉と発砲の音を確かめると、スコープを使わずにライフルを構えた。きっと、また 銃弾は弾かれているのだろう。しかし、銃弾を弾き続けているその隙に僕が【Silent edge】をしとめ てみせる。
 スタンはそう考えていた。しかし、【Silent edge】の動きは予想外のものだった。銃弾を弾くどこ ろか、最小限の動きで銃弾を交わしているのだ。首を捻って額を貫くはずだった弾を避け、身を捩って 腕に向かってきた弾を避けている。ヤツには銃弾の動きが見えているのか? それとも、撃たれる場所 が予めわかっている?
 スタンはしかし、《銃弾を避ける》のならば問題ないと判断した。何故ならば、ジーの銃弾が獲物を 逃す事はないのだから。

「姉さん、ヤツは弾を避けているよ」
『問題ないわ。時間差で攻撃する』

 ジーはさらに4発の銃弾を発砲した。だんだんと迫ってくる人影に向かって。
 スタンは【Silent edge】の動きを観察し続けている。足からは出血している。応急処置でもしたの だろう、巻いた布から真っ赤な血が滲み出している。足を怪我している。動きは補足されているのにも かかわらず、何故ヤツは銃弾を避けながらこっちに向かってこれるのだ?
 ジーが撃ち込んだ銃弾を【Silent edge】は避けている。避けながらも走るその足は止まらない。 銃弾では足止めができないのか?
 しかしスタンはおちついていた。強がりではない。ジーの能力を過大評価しているワケでもない。自 分とジーの能力を存分に発揮できればスタンの思い通りにゆくのだ。
 スタンが観察する中、【Silent edge】は突然足を止めた。
 気付かれた。スタンはそう思い、ライフルの引き金を引く準備をした。その間も遠くからジーが発砲 する音が聞こえてくる。【Silent edge】は抜刀し、背後と前後の空を斬った。いや、銃弾を弾いたの だ。ジーが発砲している弾と、【Silent edge】が避け、そして《戻ってきた》弾を。
 音もなく弾かれてゆく(スタンにしてみれば)銃弾。立て続けに発砲するジー。
 突然、刀を持つ右腕が吹き飛ぶようにして血を撒き散らせながら仰け反った。スタンのライフルが、 ジーの銃弾を弾く行動ばかりをとっていた【Silent edge】の右腕を撃ち抜いたのだ。ひるみ、たたら を踏む【Silent edge】。スタンは標準を【Silent edge】の額に合わせ、引き金を引いた。


























































 「終わったよ、姉さん」

 スタンは頭を仰け反らせて倒れた【Silent edge】を確認して静かに言った。

「後は少女を始末して、アレを回収して帰ろう」
『ええ、そうね。疲れたわ。早く帰って冷たい飲み物が飲みたい』

 ジーの返答を聞き、スタンは誰にともなく微笑んだ。そして青い髪の少女を探した。
 ――いない? そんな、まさか! スタンは動揺した。逃げたのか? スタンは時計台の周りを必死 に探した。

『どうしたの、スタン?』

 スタンの動揺をジーが察したのだろう。しかしスタンはジーに対して何も答えなかった。
 【Silent edge】がこちらの場所に気付いたとしても、それはきっと何らかの能力で、何の戦闘能力 も持たないただの少女がこちらに気付けたのか?
 スタンは確かに動揺はしたが、頭を冷やし、銃弾を避ける者がいるのならばこちらに気付かれずに、 いつのまにかに移動している、判断能力の長けた少女がいてもおかしくないだろう、と考えた。
 スタンはゆっくりと観察を再開した。もしも考えている通りの、判断能力に長けた少女ならば、銃弾 を避けるためにどこかの物陰に隠れたのではないか。スタンはゆっくりと時計台の周りから観察する範 囲を広げていった。
 やがてスタンは岩陰に潜む小さな陰を発見した。あの目的の刀も所持している。
 スタンはそれを確認すると、ゆっくりとライフルを構えた。高さ約2メートルもの高さの岩の向こう に少女が隠れている。こちらから向こうまで、まだ800メートル近くある。接近してくる前に始末し てしまえばよい。
 しかしそこは岩がゴロゴロと転がっている。銃弾を撃ち込む事など皆無に等しいと思われる。それで もスタンには自信があった。
 スタンの特異な能力はジーと共有するテレパシー能力だけではなかった。スタンの能力、それは【hi gh−vision】と呼ばれる能力だった。スタンはいわゆる超視力の持ち主だった。ライフルのスコープよ りも遠くのものを性格に視認する事ができるのだ。スタンは今、まさにイリスを視認しているのだが、 それはイリスの熱、体温を岩陰に向こうに確認している事だった。【high−vision】とは、ただの凄い 視力ではなく、様々なものを視認する事ができる視力の事なのだ。遠くのものを見るだけでなく、熱の 視認、暗視もできる。そうしてスタンは【high−vision】という能力によってイリスの姿を確認したの だった。
 ライフルを構えたままイリスが出てくるのを待つ。岩陰から出て、こちらへと来るのには右か左か、 岩陰のどちらかに出なければならない。右側には大小さまざまな大きさの岩がゴロゴロとしている。少 女はおそらく、とスタンは自分の判断を確かめるように頭の中で推理した。おそらく右に移動するに違 いない。やはり岩陰に潜みながら移動するのが安全と考えるだろう、きっと。そう、全ては推測の範囲 なのだ。絶対などない。
 何事も完全さを必要とし、勝手な推測を最優先させるワケにはいかない。何事も100%の完璧さをも った結果だけが大切なのだ。
 スタンは少女の動きを慎重に観察し、予測できる行動と、その対応を頭の中で何通りも考えた。
 左側、荒野に移動する事は、まずないだろう。もしもそこに出たとしても、これだけ広い荒野ならば 撃ち抜く事くらい容易い。まさか【Silent edge】のように銃弾を弾く事もあるまい。右側に出た場合。 やはりこれが問題だった。大量の岩陰、おそらく少女はそれを盾にしながらこちらへと接近するだろう。 それはスタンにとって最も危険なルートだ。それくらい相手もわかっている。しかしその岩場にも完璧 さはなかった。岩と岩との間、その一点一点を少女は通らなければならない。岩の隙間がある箇所、そ の数は13箇所。その13箇所は岩の間が1メートル以上は開いている。そこを通る瞬間、銃弾を撃ち こめばいいワケだ。そして自分にはその技術と能力がある。チャンスは13回。成功する。いや、成功 させる。かならず。

「姉さん、あの少女は僕が始末するよ」

 スタンはそう言い、目を閉じ、深呼吸をした。

「姉さん?」

 ジーの返答がない。変わりに、不安と恐怖の感情が巻き上がる。ジーは何かに恐怖している。何があ った?
 そのとき、イリスは動きだした。スタンは仕方なくジーの事を考えるのをやめた。彼はジーを信頼し ているのだ。


























































 スタンは珍しく苛立っていた。弾が当たらない。少女は岩陰の隙間を上手く走りながら銃弾を避けて いるのだ。スタンは焦り、その焦りが手元を狂わせる。
 7、8、9……。すでに9箇所もの仕留めるチャンスを逃している。スタンは苛立ちを隠しきれず、 彼の持つライフルは微かに震えていた。そしてスタンは自分のその苛立ちに気付いているからこそ、こ んな事で熱くなっている自分の愚かさに対して苛立ちを覚えた。苛立ちが苛立ちを呼び、そしてさらな る苛立ちが彼に募る。スタンはそんな悪循環に陥っていた。
 さらにジーとの連絡が途絶えた事により焦りもあった。ジーのあの不安と恐怖は一瞬だった。それに は安心したものの、ジーに呼びかけてもその返答がないのだ。
 おちつけ、おちつくんだ。自分らしくないではないか。
 スタンは一度大きく深呼吸をし、【high−vision】の能力を最大限まで駆使した。岩陰に潜む少女は 、今は隠れて動きを止めている。スタンの目は充血し、真っ赤に染まってゆく。その目は岩陰に潜む少 女の姿を捉えるどころか、風になびく髪の毛の一本一本、筋肉の動き、血液の流れ、赤血球の一つ一つ 、呼吸の作り出した二酸化炭素、さまざまな空気の流れ、少女が作り出している全ての要因を全て視覚 に捉えていた。
 少女のその筋肉が収縮する。飛び出す気だ。

「three……、two……、one……」

 スタンは引き金を引いた。丁度、少女が岩と岩との間を走りぬけようとしているその瞬間に。
 しかし少女は何事もなかったかのように、次の岩陰へ移動を成功させた。そして再び岩陰の間を移動 するチャンスを窺っていた。
 それでもスタンは全く苛立っていなかった。むしろ、すっきりしたような顔つきになっていた。未だ 目は充血したままだが、その目のまま、薄っすらと笑みさえ浮かべていた。

「OK、姉さん。僕は大丈夫だよ」

 スタンの目は、少女の頬から滴る血液を見逃さなかった。銃弾は避けられたワケでもなかった。少女 の頬をかすっていったのだ。だんだんと、少女の動きに慣れてきている。あと250メートル。移動す るか……? いや、しない。絶対にしない。次のポイントで確実に仕留める。今度は推測ではない。確 実に起こる事だ。
 スタンはジーの事が急に心配になった。自分はもう大丈夫だ。しかし、彼女の身に一体何があったの だろう。いいや、姉さんなら大丈夫だ。今は目の前の敵を仕留めなければならない。姉さんなら大丈夫 だ。
 少女はまだ動き出していなかった。筋肉の動きが見られない。胸の辺りの動きは活発だ。呼吸が乱れ ている。血液の流れが少しだけ速い。頬からはまだ血が流れている。頬を伝わって顎まで滑り、そこか ら地面に落ちる。その一滴一滴まで確認できる。大丈夫、見える。
 スタンは引き金に触れる右手の人差し指を試しに幾度か動かした。OK、いつでも撃てる。まだ呼吸は 乱れたままだ。きっとまだ動かない。
 スタンはジーのいるはずの方向に目を向けた。

「姉さん?!」

 スタンは少女の事など忘れ、愕然としてしまった。ジーは2丁の拳銃を前方に構えたまま立ち尽くし ている。その拳銃の先には一人の人物が立っていた。両者はほとんど密着した状態である。姉さんは何 故撃たないのだろう。スタンはそんな事を考えたかった。事実を認めたくなかった。ジーは撃たないの ではない。撃てないのだ。何故ならば……
 スタンはジーと密着する人物に向け発砲するために指に力を入れた。その人物はこちらを向き、ニタ リと口の端を吊り上げて笑ったではないか。スタンは発砲した。直後、その人物の頭が後ろに仰け反る 。なのに、スタンは何故か居心地の悪い違和感を覚えた。同じなのだ。さっきと。全く同じだ。
 その人物は顔を仰け反らせ、動かなかった。しかし体は倒れなかった。まるで直立不動の人形のよう だった。
 だが、決して人形ではない。スタンの目はその人物の筋肉が動いている事を見逃さなかった。やがて 仰け反っていた顔が上がり、その人物は髪を掻き揚げた。そして顔を横に振り、邪魔そうに髪を手で払 いのけた。そしてゆっくりと口を開いた。
 スタンは驚愕した。その人物の口の中の歯の間から覗いた二つの金属。それはスタンの銃弾だった。 一つは今の銃弾、そしてもう一つは【Silent edge】を仕留めたと思っていたときのものだろう。
 その人物、【Silent edge】は二つの弾を口の中から地面へと飛ばした。そしてジーの動かなくなっ た体を手で軽く押しのけた。

「よくも……っ!」

 スタンは【Silent edge】に向けて銃弾を放った。しかし【Silent edge】は手にした剣でその銃弾 を叩き落とした。スタンは舌打ちをし、銃弾を込めなおし、再び【Silent edge】を確認しようとした。 しかし、そのとき背後に誰かの気配を察した。しまった! 少女を仕留めていない。スタンはそう思っ た直後、慌てて身を捩った。屈んでいた状態から、横に倒れこむようにして。
 スタンの右肩に激痛が走る。スタンは倒れたまま、横に転がろうとした。しかし動かない。スタンが 【Silent edge】の方へと集中しているあいだに、イリスはスタンの背後まで移動していたのだった。 そしてスタンが移動できない理由。それはイリスの刀がスタンの肩を貫き、地面と一緒に串刺しにして いたからだ。スタンはうめき声をあげた。イリスは無表情のまま、その刀を抜いた。スタンの肩から血 が滲み出す。イリスは刀を振り上げた。刀は太陽の光を鈍く反射させ、スタンの目を眩ませた。
 ああ、僕は死ぬのか。
 スタンは力なくそんな事を思った。まるで、その事が前々から決まっていた事のように、予定通り事 が進んだとでも言わんばかりに。

「死なせはしない」

 そんな言葉と共に、イリスが刀を掲げたまま横に吹き飛んだ。スタンは眉をひそめた。その飛び方が あまりに不自然だったからだ。まるで風邪に吹き飛ばされたかのように、イリスの軽い体は横に飛んだ。 風などないし、物理的要因も加わっていない。銃弾が飛んできた音もなかった。スタンの【high−visi on】には何も映らなかった。
 突然砂埃が舞い、スタンの周りを包み込んだ。イリスは目に砂が入らぬように腕で目の前を塞いだ。 砂埃はとても大きく、まるで小さな竜巻のようだった。
 そしてその砂埃の小さな竜巻が消え去った頃には、スタンの姿は消えていた。
 イリスは辺りを見回した。しかし、周りには誰もいなくなってしまった。今度は楓を探した。しかし、 楓の姿は何処にも見当たらなかった。

「楓……」

 イリスは突然豹変してしまった楓の事を思った。あんな楓を見た事なかった。いつもの優しく微笑ん で、手を繋いでくれる楓ではなかった。
 【Silent edge】、そしてスタンの姿は消えた。残ったのは、空を見上げるイリスと、その刀と、ぽ っかりと胸に穴を開け、おびただしい血を流して倒れ伏すジーだけだった。

















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