『壱拾七』



















「おいカレイド。それは何の冗談だ?」

 クロノスは握り締めた拳を震わせて言った。その言葉は悲痛の叫びに近かい。アーギス はカレイドを見つめ、マリィは俯き、クリスは眉をひそめている。

「ユーラはどうしたんだ?」

クリスのその質問にカレイドは首を横に振った。

「そうか」

クリスは口元を右手で抑え、何かを考えるようにして何処かを見た。

「カレイド。何の冗談だと聞いている」

クロノスはカレイドの両肩を掴んで訴えた。

「私達の変わりなどいくらでもいるんですよ」

 カレイドは悲しく告げ、サングラスを押し上げた。

「私の変わりがいれば、貴方の変わりもいる。ユーラさんの変わりもいれば……」

カレイドは冷たいベッドの上で横になっている人物を見下ろした。

「焔さんの変わりも、いる」
「お前の変わりがいようと、俺は俺で、ユーラはユーラ。焔は焔なんだよ」

クロノスは誰にも聞こえてはいないような小声で、ポツリと呟いた。

「そうだ。焔の変わりなんていないんだよ」

それは自分自信に訴えている言葉ともとれる。

「それが《シュバルツバルト》なんですよ。クロノスさんもよくご存知でしょう?」

 クロノスにはカレイドの言葉など耳に入らない。いや、入れようとしない。現実を認めよう としていなかった。
 クロノスはもう動かない焔へと近寄り、凹んだ胸部に手を当てた。既に血は流れておら ず、凹んだ胸部さえなければ安らかに睡眠をとっているようにも見える。元々血のような 深紅の着物を着ているので血痕がわからない。クロノスは一瞬、起きあがって自分を殴り だすのではないか、と錯覚した。『何触ってんだよ、この馬鹿』と。

「おい、治したぞ。傷は無い、出血も無い。体の中の折れた骨も再生した。後は何処だ?  何処が悪い?」

 クロノスは焔を見下ろしながら呟いた。しかし焔は答えない。一度枯れきった植物に水を 与えてもその蕾が開く事はないのだ。

「何処が悪いんだよ。治したんだぞ……」

 クロノスは力なく焔の肩を揺する。クリスは口元に手を添えたまま痛々しい顔付きでそれ を見つめ、やがて病室を出ていった。それを追うようにして、マリィとカレイドも外に出る。ア ―ギスは既にこの部屋には存在していなかった。

「おい、起きてくれよ。なあ、焔」

 カレイドはドアを閉め、クロノスの悲劇の呟きに憐れむと同時にため息をついた。やれや れ、と。それからユーラの事も思いだし、胸の前で十字を切った。自分の嫌いな十字を。そ れからサングラスを外すとエメラルドグリーンの瞳で天井を仰ぎ、しばらくしてからクリスと マリィの後を追った。

「ユーラだけでなく焔までも……」

 カレイドがクリス達に追いついた時、クリスはテーブルの上に腕を起き、俯いたまま嘆い ていた。ここは大きめな休息室でエージェント達が多用する場所だった。軽い飲食物など が置いてあり、焔は茶、カレイドとクロノスはコーヒー、マリィとクリスはストレートティー、年 齢の低い、ユ―ラや今まさに出かけたばかりのエージェント二人等はミルクティーやミルク 等を飲んでいる。それぞれ決まった飲み物ばかりを飲むので、カップなどもその人物専用 の物が多々ある。

「変わりはいくらでもいる、それはカレイドさんも先程言いましたし、貴方もよくご存知のは ずです」

 マリィはクリスの向かい側に座った。

「そうですよ。クリスさん。貴方はよくご存知だ」

 クリスはカレイドを睨んだ。カレイドはそれを余裕の表情で受けとめ、少しばかり“微笑ん だ”。クリスは眉をひそめ、自分の両手の掌を眺めて口を開いた。

「しかし、焔もユーラも、まだ幼い」
「幼いから良いんでしょう? まだまだ実験途中だ」

 クリスは自分の掌を眺めるのを辞め、難しい顔をしているマリィの顔を見てからすぐにカ レイドへと顔を向けた。カレイドは未だに“微笑んでいる”。

「実験? お前はまだ信じているのか? 呆れたな」
「クリスさん。実験は進行しているのですよ」

 クリスはマリィを見た。マリィは暫くクリスの事を見つめ返し、頷いた。

「全てはあの人の思うがままに進んでいるんですよ。先程の彼らも、また同じ」
「どっちを言っているんだ? 焔とユーラか? それともあの姉弟か?」

 カレイドは睨みを効かせるクリスの視線に体を強張らせ、押し黙ってしまった。

「両方です」

代わりに答えたのはマリィだった。
 クリスはマリィとカレイドの二人の顔を交互に見つめ、これ以上付き合いきれん、と嘆い て休息室を出ていった。
 カレイドとマリィは黙ったまま出て行くクリスの背中を眺めた。

「今更偽善者ぶるのですか?」

 カレイドはドアを閉めようとしたクリスに対してそんな言葉を投げかけた。

「少し感傷に浸ってしまっただけだ……」

 クリスはカレイドを見ずにそう言った。















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