『壱拾四』


















街は広大だ。
もしもこの手に地図があったとしてもきっと迷ってしまっただろう。
それほどまでに広い。
スティッツと別れ、元来た道を戻っているはずなのに中々街の出口へと辿り着かない。
まるで街の出口が私達を避けているようだ。
私達が前へと1歩前身するたびに、出口は1歩後退する。
それが延々と繰り返される訳だ。
何度も見たような家々を眺め、空を見上げた。
太陽は丁度真上にあり、方角が全くわからない。
先程曲がったあの十字路がいけなかったのだろうか。
それともその前のT字路?
広いが故に、どうやら私は迷ってしまったようだ。
そう、広いのがいけないのだ。
未だにあちこちから彼らの視線を感じる。
いったいどこから見ているのだろうか。
もはや、見られている事に慣れてしまって、彼らに対する恐怖という感情は消え去っていた。
しかし彼らがどこから見ているかを知ったところで街の出口がわかるわけでもない。

「心配しないでください。もうすぐですから」

きっと街の外に出れば彼らの視線から逃れられる事になるだろう。
私はイリスを見下ろして言った。
するとイリスはどこかを指差していた。
私は首を捻り、イリスの差した場所を見た。
黒く、高いフェンスがそびえたっている。
フェンスはずっと右手方向から続いて、左手方向まで連なっている。
右も左も先が見えなかった。
そしてそのフェンスの中には幾つもの石が立っていた。
それぞれ名前のようなものが刻まれている。

『アーニ―・ダース』
『リグロス・ステイ』
『ステファニー・デュロス』

私の知らない、様々な名前が刻まれている。
それは墓地だった。
刻まれた名前はおそらくこの街で死んでいった人々の名前だろう。
私はイリスの手を引いて一部だけ開けたいたフェンスの間から墓地に入った。
右から左はとても幅が広く感じたが、この場所から奥までも随分と長い。
広大な街の中の、広大な墓地のようだ。

『ラルフ・ボイド』
『ジーニ―・スティッツ』
『グルバス・ホイットマン』
『ワルグ・ルーツ』

名前がズラリと並んでいる。
前も後ろも右も左も名前だらけだ。
名前に囲まれるなんて滅多にない。
ここが墓地でなければ不思議な感覚にとらわれていたかもしれない。
数々の名前を読み上げてみた。
かすれて読めない文字や、削れて読めなくなっている文字もあった。
しかしどれもその石の下の土の中には結局腐った肉が入っているだけだ。
どれもそうだ。
全く同じモノが埋まっているだけだ。
結局、死んでしまえば名前という物は意味をなさないのだった。
私はようやくイリスの手を握っていない事に気付いた。
慌てて後ろを振り返るとイリスはじっと立ち尽くしていた。
まるですぐ目の前に何かがいるかのようにじっと視線の先を睨んでいる。
その視線の先には何もない。
いや、もしかすると遥か向こうを見ているのかもしれない。
しかしそれにしては様子がおかしい。

「イリス?」

私はたまらなくなって声をかけた。
ビュオオオゥと風が吹き荒れた。
何故か一瞬だけ彼らの視線が消えたように感じた。
しかしすぐにまた彼らの視線は痛い程に突き刺さってくる。
イリスは一度だけ肯いて私へ顔を向けた。
するとイリスは急に私の手を掴み、私を引っ張りだした。
何処へ行くというのだろう。
私は黙ったままそれに従った。
墓地を出て、しばらく歩いた。
途中、今自分が武器を所持していない事に気付き、イリスを待たせて武器屋に入る。
この街はわりと治安が良く、さらに近辺にはあまり【unfamiliar】に出くわさないと言う。
それで、あまり良い代物は置いていなかった。
私は西洋の軽い剣とナイフを買った。
剣の鞘はこげ茶色をして、見かけは良くない。
しかし軽く、長さが私に丁度良くて振りやすい。
ナイフはサバイバルナイフを1本、イリスの護身用にだ。
私と共に旅をするのなら危険を避ける事はまず不可能だ。
少しはイリスに戦闘の訓練をさせたほうが良いのかもしれない。
私がナイフをイリスに渡すと、イリスはしばらくそのナイフをじっと見つめた。
しかし一人納得したかのように肯くと私を一度見上げてからナイフを懐にしまった。
再びイリスに連れられて、歩き出した私達が辿り着いた場所はスティッツの家の前だった。
しかしイリスが眺めている家はスティッツの家ではない。
道路を挟んで向かい側、一軒の家だ。
その家はこの街の他の家とは違い、とても古く、今にも壊れてしまいそうに見える。
しかし、私にはこの家こそがこの街に似合った家に感じる。
イリスは私に何も言わせずにその家へと入って行った。
この家には外には階段は付けられていないようだ。
彼らの事が気にならないのだろうか。
いや、おそらく誰も住んでいないのだろう。
この家の主はきっと随分前にこの家を出て、それっきりなのだ。
家の中は外面その物だった。
あちこちに割れたガラスの破片のような物が落ちており、壊れた木製の机や椅子が転がっている。
天井には無数のシミと蜘蛛の巣があった。
ますますこの街に相応しい家のように感じられる。
家の中には階段があった。
イリスは迷う事なくそこまで歩き、そして昇って行く。
ボロボロの内装を眉をひそめながら見まわしていた私は、慌ててイリスの後を追って階段を昇る。
階段も階段で、足をかける度にギシギシと軋む音が聞こえる。
階段を昇った先には大きな部屋が一部屋あるだけだった。
下の階のように割れたガラスや壊れた机や椅子は全くなかった。
代わりに真っ白なシーツを被ったベッドと、古びた机と椅子が置いてある。
そのどれもが古いけれど、破損していない。
今でも充分に使えそうだ。
1階が嵐で襲われた街ならば、この階はその嵐の中で必死に生き残った人々のようだ。
建物は暴風雨で壊され、崩される。
しかし、それでも人々は知恵を使って生き延びる事が出来るのだ。
イリスはキョロキョロと辺りを見回している。
私は開きっぱなしの窓から外を眺めた。
まず、見えた物はスティッツの家。
真前なのでそれは当たり前だろう。
そして次に墓場が見えた。
どうやらこの古びた家の2階はスティッツの家よりも高い位置にあるらしい。
スティッツの家から、何m先かはわからないが、墓場が見える。
さらに墓場の向こうには大きな楕円形の建物。
おそらくその建物が電気を作る建物なのだろう。
何せ、他に大きな建物は見られない。
それから私が次に目にした物は、スティッツの家の、とある一室だった。
そしてその一室は私とイリスが寝室に使わせてもらっていた部屋だった。
イリスは、あの時この部屋を見ていた?
私はそこで初めてイリスが何をしようとしているのかを見た。
イリスは突然部屋の木で出来た壁を剥がし始めたではないか。
買ったばかりのナイフを突つき、抉りを繰り返して一枚一枚剥がしてゆく。

「何を……?」

戸惑う私を余所目にイリスは沢山の壁を剥がしている。
さすがに他人の家の壁を剥がす事などさせられない。
それにようやく気付き、止めようとした。
しかし私が動くより早くイリスの手も止まっている。
私はホッと胸を撫で下ろした。
せっかく、最近になって言葉を覚え、感情も戻ってきているようなのに悪さを覚えられたらたまらない。
私はイリスの頭を撫で、彼女が剥がした壁の跡を見て目を疑った。
そこには白い物が現れていた。
白く、固く、そしてこの場所には驚く程の違和感のある物。
人骨だった。

「何でこんな物が……」

私は骨からイリスへと視線を戻した。
そして、イリスの視線の先へと私の視線を移した。
階段。
私達が昇ってきた古びたそれ。
その階段の終着点に彼が立っていた。
私が彼を確認するや否や、私の体は宙を飛んでいた。
私の体は窓を突き破り、路地へと飛んだ。
視界は青空からすぐに冷たいコンクリートでいっぱいになった。
両手で頭を抱え、頭部への衝撃を防ぐ。
代わりに四肢へ強烈な衝撃が伝わった。
痛みに顔を歪めながらも顔を上げる。
すぐそこには彼が立ちはだかっていた。
その脇にはイリスが抱えられている。
どうやってここまで移動してきたのだ?
私はそう考えながら買ったばかりの西洋の刀を正眼に構えた。
こんな剣では居合どころでは無い。

「何故だ?」

彼はそう呟いた。
そして私は不可視の力によって飛ばされた。
先程家から飛ばされた時と同じだ。
背中を直接コンクリートに叩き付けられるが、すぐに跳ね起き彼に向かって突進した。
剣を彼の胸目掛けて突く。
彼はイリスを抱えたまま、空いた手でそれを防いだ。
いや、防いだと言えるのだろうか。
まるで自分の手の平を差し出したかのような行動だった。
私の繰り出した突きは彼の手の平を突き破り、貫通した。

「何故だ?」

しかし彼は苦悶の表情さえ浮かべずに静かに呟く。
私は突き立てた剣を引き、今度は彼の首目掛けて袈裟に剣を振った。
彼は余裕をもって私の剣を持つ手を捻った。
彼の首をはねるはずだったその剣はそれ、虚しくコンクリートとかち合った。

「何故キミはすぐに帰ってくれなかったんだ?」

彼はその凄まじい握力で私の手を捻り上げてゆく。
私は痛みに耐えかねて剣を取り落とした。
このままではいけない。
上へと捻り上げてゆく彼の腕を掴み、腰を落としながら重心を下げ、彼の体を浮かせ、コンクリートに叩きつける。
無理だった。
結果は彼の腕の力を一瞬緩めただけで、私の動きに合わせて彼も腰を落とした。
彼の体は浮くはずもなく、私はさらに無防備な状態へと悪化してしまった。
私は歯を食い縛り彼を睨み付け。そしてゾッとした。
寒気を覚えた。
彼の目は虚ろだった。
彼のあの笑顔からは全く想像出来ない、まるで死人のような顔つきだった。
死人が私の腕を掴み、私の行動を制御している。

「キミは私の正体を知っている?」

彼が私の耳元でそう囁いた。

「ヴァンパイア、ですね」

私の手を握る力が強められるのがわかる。
それが意味するものは、やはり肯定といったところか。

「何故キミはすぐに帰ってくれなかったんだ?」

私の手首がギリギリと締め付けられる。

「知りませんよ」

イリスを見た。
彼女は未だに気絶したままで目を覚ます気配がない。
冷たいコンクリートの上で転がされている状態だ。
それから辺りを見渡した。
いたるところに彼らがいた。
家の窓、入口、この道のずっと先にも。
彼らは私達三人を囲むようにして見つめている。

「『彼ら』の正体は、血を吸われたこの街の住人ですか」
「被験者達だ」

彼は冷たく言った。
私と彼は、遠くから見れば、まるで熱く抱擁しているようにも見えるだろう。
しかしこの場にはそういった思考を持てる者など一人もいなかった。

「被験者? エサの間違いでは?」

私は皮肉げに言う。

「エサだと? 私はそんな下等な吸血種などでは無い」
「どれも一緒でしょう」

彼は私の背中を勢いよく押して私を解放した。

「確かに私はそうだったかもしれない。しかし、私は違う。全て娘のために……」
「偽善ですね。スティッツさん」

彼、スティッツは怒りの表情を浮かべた。

「偽善だと? 貴様に私の何がわかると言うのだ?」
「この街の人々は全てあなたの都合の良いように利用された。あなたにこの街の住人達の何がわかるのですか?」

スティッツは頬を歪め、鋭く尖った鋭利な牙を覗かせた。

「あなたは自分の事だけしか考えていない。例えあなたが被害者だとすれば、結局『彼ら』はどうすればいいのです? 彼らはどこに行きつくのです? 答えは何処にも 行けない。彼らはじっとその肉体をここに残しながら死を待つしか無いんですよ」
「不老だとでも言いたいのか」

私は肯いた。
すると事もあろうか、スティッツは突然笑い出したではないか。
私が眉をひそめると、彼は笑うのを辞め、私を見据えた。

「私は下等な吸血種ではない、と言っただろう? その所以たるはそういう事だ」

彼がそう言うと同時。
『彼ら』が私に向かって襲いかかってきたではないか。
ある者は家の窓から飛び降り。
ある者は私に向かって走りだす。
そしてある者は飛びかかってきた。
私は身を屈めながら、同時に剣を縦に振った。
飛びかかってきた者の股が裂け、呻き声も漏らさずにコンクリートの上を転がった。
身を屈めたまま、剣を振った勢いを殺さずに前転して、右後方からやってきた者の爪(鋭く研ぎ澄まされていた)を避ける。
低い姿勢を保ちつつ、たたらをふむ者の足を太股から横に薙いだ。
足も、上半身と中途半端な下半身も一緒になって宙で回転する。
それからすぐさまスティッツへを探した。
いない?
彼の姿は何処にも見当たらない。
右肩を後ろに下げつつ、相手の繰り出した拳を避け、左肘で顎を打った。
驚く程もろい。
首は一度だけ回転したかと思うと、すぐに地面へと落下してしまった。
人の体がこうももろいはずが無い。
一体、スティッツは何をした?
彼は『そんな下等な吸血種ではない』と言った。
アレはどういう意味なのだろうか。
私は目の前の彼らから離れるため、後ろへと跳躍した。
すると何かに背中をぶつける。
冷たい何か。
私は考える暇もなく、剣を背中に当たる何かに突きたてた。
何かとはもちろん『彼ら』の一人である。
気付くと、私の周りは『彼ら』だらけになっているではないか。
私はすぐさまあの古い家に飛び込んだ。
ドアを閉め、壊れた椅子や机などでバリケードを張る。
それから階段を昇った。
窓から街を眺める。
何と言う事だろうか。
もはや、この街は『彼ら』以外いないと言っても良い程に、『彼ら』で埋め尽されていた。
私はこれからどうすればいいのか頭を悩ませた。
まず、イリスを探し出し、助ける。
それからスティッツを倒して『彼ら』を鎮める。
以前に戦ったヴァンパイアはそれで周りを取り巻いていた『彼ら』のような生物を鎮める事が出来たのだ。
しかし、イリスは一体何処に?
下の階から何かが崩れるような音が聞こえてくる。
もうバリケードは破壊されたのだろうか。
早すぎる!
私はしばし白い骨、イリスが見つけた骨を見つめて意を決した。
私は勢いをつけて、2階から下のコンクリートへ向けて飛び下りた。
飛び下りる私の目の端に青い髪が映る。
イリス……!
私は『彼ら』の頭上から『彼ら』を踏み付けるようにして下り立った。
『彼ら』はすぐさま私に反応して集まってくる。
腹部をつま先で突く。
『彼ら』の先頭が後方へと倒れ込む。
『彼ら』はもつれあいながら倒れて行った。
私はそれを見届け、すぐさまイリスがいた場所へと駆け出した。





























通称ヴリコラカス。
吸血種の一種だが、その中でも上位に君臨するヴァンパイア。
通常、ヴァンパイアに噛みつかれ、血を吸われた者もヴァンパイアにされると言われている。
しかしヴリコラカスはそれを必要としなかった。
ヴリコラカスはただその者を殺すだけで仲間を増殖させる事が出来る。
さらに、死体を仲間にする事さえも可能だ。
それは自分の意思のまま。
ヴリコラカスは通常の【unfamiliar】と違い、知能や身体能力、又、特異な能力を多々所持している事で有名である。
特異な能力で最も知られている物は空気それ自体を揺さぶり、振動を作りだす事が出来る。
他に、異常な回復力が挙げられる。
そして、ヴリコラカスの能力として最も優れた点が他に一つある。
それは時間の経過とともに、その力が強大になってゆくというとてもやっかいな能力だ。
月の満ち欠けに影響されていると言われているが、実際のところはわからない。
きっと彼らにもわからないだろう。
ヴリコラカスは極めてプライドが高く、すぐには仲間を増やそうとしない。
何故なら、彼らは成り立ての状態は酷く醜く、さらに知能も驚く程低い。
ただ、感染体、大元の命令だけは忠実である。
リビングデッドと間違えられる事が多々ある。
そんな状態では、能力も使えず、ただの生ける屍同様なので、ヴリコラカスはそれを恥じるが故に仲間をあまり増やさないのである。


















――何故私はそんな事を知っているのだろうか。
混乱する頭の中を抑えるため、私は自分の頭を振った。
目の前にいるスティッツ、ヴリコラカスは腕を組んで私を見据えていた。
睨んでいるのではない。
見据えているのだ。
それは敵意を持った目つきでもなく、また優しい眼差しでもない。
ただ、それが何なのかを見定めるかのような目つきだ。

「私は、一人の娘を失った」

スティッツはそう呟いた。
私はその言葉を耳にしながら、顔はスティッツに向けたまま、目だけで辺りの様子を伺った。
ここは、あの墓場だ。
とてつもなく広大な墓場だった。

「丁度、キミくらいの年だったかもしれん」

近くに楓がいない。
その事は、冷たい手が私の背中を撫でまわしているかのように、それ程恐ろしい事だった。
楓の暖かい手を握りたい。
しかし、楓はここにはいない。

「キミにこんな話をしても無駄かもしれん。キミはまだ幼い。話の半分以上を理解できないだろう」

私はそんなに幼いのだろうか。
今のところ、スティッツが何を言っているのかわかっている。
自分は特別に頭が良い?
そんな気はしない。
そもそも、自分の事さえ良くわかっていないのだ。
私が誰で、いつから楓と一緒にいるのか。
それすらもわかっていない。

「しかし私がキミに話す事によって、私は何を得るのか。何も得ない」

スティッツの言葉は、既に私への言葉ではなく、自分自信に語りかけていた。
私は目を閉じて、静かに話に耳を傾けた。

「何も得ない。しかし私は語る。キミに語る事によって、私は自分自信を懺悔するのだろう」

腰に手を当て、自分のナイフを確認した。
楓がついさっき買ってくれたものだ。

「私は自ら望んでこんな醜い姿になった訳ではないのだ。あれは事故だった。私は長年ネクロマンシーの研究をしていた。そんな時、私と娘は一人の吸血鬼に襲われた。そして娘は死んだ。 吸血鬼は娘を吸血鬼とするために殺したのでは無かったのだ。そして吸血鬼は私だけ吸血鬼にして殺した。苦痛だった。何もかもが私から離れて行ったのだ。そして私は新しい私となり、気持ちの良い程の力を得た。 今までの研究が馬鹿らしく覚える程の力だ。強大で、偉大で、そして腐った能力だ。信じられるか? 突然自分が神様にでもなった気分になるのだぞ? この街ではまさに私は神だ。逆らう者などいない。 しかし私には力がまだ足りない。娘を人として甦らせる事が出来ないのだ」

そこでスティッツは溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、自分が腰掛けた墓石を見下ろし、ため息をついた。
「これは娘の墓だ。街には形式上、墓を作ったほうが良いと思ってね。しかし娘をこんな冷たい場所に埋めるわけにはいかない。キミも知っているように、私の娘の墓はあの家の中に隠したのだ。
誰かが探すわけでもない。何故なら街の住人は全て私の下部だ。それなのに、何故私はあんな場所に隠したのか。答えがわかるか?」
私は黙ったままスティッツを見つめた。
数秒間の沈黙が流れ、彼は再び口を開けた。

「私に対して隠したのだ」

それからスティッツは再び何かを言おうとして、口を閉じた。
遠くから何かが崩れるような音が聞こえた。
スティッツは墓から視線を私に戻した。

「私は自分のネクロマンシーの技術を駆使して娘を甦らせようかと考えている。ネクロマンシーは神に対する冒涜と言ってもいいだろう。自然の摂理を壊すのだ。しかし私はキリシタンではない。 神がなんだ。私は娘を愛していたのだ!」

スティッツは体を強張らせ、肩を震わせた。
そして私に近づいてゆっくりと私の喉を冷たい手で掴んだ。
私は左手でその手を引き剥がそうとした。
しかしその手はスティッツの空いた片手で弾かれた。

「街の住人は皆被験者達だ。私の娘を、ネクロマンシーで甦らせるためのな。そんなところへお前達がやってきた。そして娘の骨を見つけた」

スティッツの焦点の合っていない目が、機械的に私を見下ろしている。
私の首を締めながら。
私は腰の差したナイフを右手で抜き、勢いよくスティッツの片手の甲に突き刺した。

「そんな事……、したって……、喜ばない」

スティッツは無機質にその焦点の合わない目で私のナイフを見た。
しかし関心無さそうに、上空を見上げた。

「喜ばない、だと?」

ポツリと、私の首を締め上げながらそう呟いた。

「喜ばない、だと?」

彼は再び、今度は力強く言った。

「貴様に何がわかる!」

私はスティッツに頬をピシャリと叩かれ、同時に彼の首を締めていた手から解放された。
ナイフを持っていない手で口を抑えて咳き込む。
見上げると、彼の目にはハッキリと光がこもっていた。

「人は……、やがて死ぬ」
「私はその死から娘を解放させるのだ」

ナイフを握り締め、スティッツを睨む。
彼は眉をひそめた。

「キミはその年で中々利口なのだな。何があった?」

彼のその言葉と同時に私の体は後ろに吹き飛んでいた。
宙で体を反らし、逆エビの状態で手の平を地面に付け、直後に地面を押し出してバック転のような形で受身をとった。

「その身体能力もそうだ。ただの幼い少女ではない」

そんな事私だって知らない。
体の赴くままに動いているのだ。
これはもはや、脊髄反射と言ってもいいかもしれない。
体が勝手に反応するのだから。
いや、本能、これが正しいのかもしれない。
彼は大して驚いた様子も無く近づいてくる。
私はナイフを握り締めた。
楓はまだ来てくれない。
『彼ら』、被験者達と戦っているのかもしれない。
スティッツの腕がゆっくりと私へと伸びる。
私はナイフを逆手に持ち直し、下からスティッツの腕を斬りつけた。
丁度、肘から肩にかけて、ナイフは深深とスティッツの腕にその痕跡を残す。
しかし、ナイフは彼の肩まで到達せず、彼の肉によって進行を止められた。
私がナイフを引き抜くより早く、彼は私の腕を掴んだ。
そして信じられない程の握力で私の腕を握り締める。

「本来、私は争いという物を好まない。しかしキミ達は始末させてもらう。この街の秘密を知ってしまったからね」

私は空いている腕を使い、スティッツの腹部に肘鉄をめり込ませた。
柔らかい感触と共に体の中の内臓が悲鳴を上げているのがわかる。
しかしスティッツは苦悶の表情さえ浮かべない。
腕の力さえも緩まなかった。

「キミのような少女を痛めつけるのは少々気が沈む。しかし仕方の無い事だ」

彼はそう言うと、私の腕を掴んだまま、彼と私の顔が丁度同じ高さの位置になるまで私を掲げた。
そして彼は鋭利な歯を剥き出しにした。
ナイフは、まだ彼の腕に刺さったまま。
武器は無い。
スティッツの歯が私の肩へと迫ってくる。
私は彼の肩に刺さったナイフの柄を、思いきり蹴った。
スティッツが始めて苦しそうな表情を浮かべた。
ナイフの刃は彼の首の付け根辺りまで、侵入していた。
ヴリコラカスは首を斬られると死ぬ。
そんな言葉が私の頭の中を過った。
言葉?
それは、昔誰かに言われた言葉のように、私の頭の中で映像の無いフラッシュバックとして現れた。
苦しむスティッツは肩口を抑えながら私を解放した。
彼は私を親の仇でも睨むかのように、憎々しげに睨んでいる。
彼はゆっくりと自分の肩からナイフを引き離し、粉砕した。
そう、それは粉砕という言葉が良く似合っている。
彼はまるで砂の団子を潰すかのようにナイフを粉々にして見せたのだ。
私は身震いをした。
砂の団子とナイフは何処が違う?
違いがありすぎて答えられない。
彼のその顔は醜悪な物へと変貌していた。
もはや人とは呼べない。
やはり【unfamiliar】になってしまっているのだ。
それも、時間の経過がかなり行き届いている。
ヴァンパイアの上位種として恥じない力を得ているのだ。

「楓……」

私がそう呟いた時、スティッツの首から銀色の閃光が走り、次の瞬間には一本の冷たい剣が現れていた。
スティッツの首は串刺しにされた。
後ろから一突きだった。
スティッツは口をパクパクと開閉させた。
それはまるで餌を求める鯉のようで、とても惨めだった。
楓は勢い良く剣を引き抜いた。
スティッツの血が迸る。
スティッツは口を開閉させながら力無く倒れ込んだ。
楓は剣を逆手に持ち、スティッツへと突きたてようとしている。

「駄目!」
「イリス?」

私がそう叫ぶと楓はその腕の動きを止め、私を見た。
私は黙ったままスティッツを見下ろした。
彼は倒れた状態で、身体を引きずるようにして移動を開始していた。
誇らしいヴァンパイアの上位種が、こんな無惨な姿で。
その目は私や楓を捉えておらず、又、何かを口走っていたが聞き取れなかった。
彼は『ジーニ―・スティッツ』と書かれた墓にすがるようにして腕を回した。
そして、やがて事切れた。
生命を絶たれた彼の体は風が吹く度に見る影も無くなっていった。
彼は一体どのくらい生きたのだろう。
それを物語るようにしてスティッツの体は崩れてゆく。
そして古びた墓の土と一緒になった。
彼の娘と、一緒になったのだ。
スティッツをヴァンパイアと化した原因、いわば大元はまだどこかにいる。
何故ならヴリコラカスは大元が死すれば、それにヴァンパイア化された者達も死ぬ。
スティッツがまだ生きていたという事は、つまりは大元は生きているのだ。
私は奥歯を噛み締めた。
それがどんな意味をも持たない事はわかっている。
しかし、私は奥歯を噛み締めた。
楓がそっと私の手を握った。

「さ、行きましょう」

私が楓を見上げると、彼女はどこか影の残る、しかし優しい微笑みを作った。








説明と登場人物紹介、及び補足等(Bogy Town編)









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