『壱拾参』
















『何の為にこんな事をしたのだ?』
「何の為? そりゃぁ面白そうだからに決まっているじゃぁないか」


ベッドに横たわるゲーデを見て、ライツァーは言った。


『面白いだと?』
「ああ、そうさ。他に理由なんてないね。それに、こうした方がゲーデは幸せだろう」


口の端を吊り上げて笑う。


『体があればお前を殺してしまいたい』


それは私の本音だった。
ライツァーはクックッと笑った。


「それも面白いな。月影が人の体を持って、僕を殺しにくる」


ピタリと笑うのをやめ、壁にかけた私を睨んだ。


「だが、それはもうできない」


舌打ちでもしたい気分だった。
だが私には舌はない。

私はライツァーへ言葉をかけずに沈黙を選んだ。
コイツには何を言っても無駄だ。

古びた部屋の中は静寂に包まれた。
木製の机と椅子の影がたまに点滅するライトの明かりでゆらゆらと揺れている。

この宿には他に利用客がいないらしく、人の気配がしない。
いや、この宿だけではない。
この街全体がそんな雰囲気を漂わせている。

しかし人が住んでいるという証拠に、あちこちの家に明かりが灯っていた。
たまたまここの宿の主がどこかへ出かけていて、たまたまこの街についたのが夜だったからあまり人の気配がしなかったのだ。

そうに違いない。
でなければ何の説明もつかない。


『……どうするつもりなのだ?』


重い空気をこじ開けて私はライツァーに尋ねた。

何故ライツァーは倒れたゲーデを連れてきたのか。
ゲーデの気を失わせたのはライツァー本人なのだ。


「こんな状態のゲーデと僕が一緒にいるところを、もしも……」
「何の話しをしているの?」


ゲーデの目はいつのまにか開かれていた。
ライツァーと私を交互に見て上半身だけベッドの上から起きあがった。


「ここは何処?」
「君が倒れていた森の近くの街だよ、ゲーデ。知っているかい? 君は倒れていたんだ」


倒したのはお前だ。

しかしそうと言えなかった。
言っても信じてはもらえない。
何故なら今のゲーデは……。


「倒れていた?」
「ああ、そうだ。そこの月影と一緒にね」


そう言って私を見た。
ライツァーはゲーデからでは見えないよう、私だけにニヤリと笑ってみせた。


「……確か、楓とイリスとはぐれてしまって、それからが思い出せない」
「無理して思い出そうとする必要はないだろう? 君は無事だったんだ。それでいいじゃないか。」


まるで心配していたかのように振舞っている。
腸がぐつぐつと煮えたぎってきそうだ。

ライツァーは座っていた椅子から立ち上がると、私へと歩んできた。

私を手に取って今度はゲーデへと近づく。
ゲーデのいるベッドの上に私を置いた。


『ゲーデ、ソロネはどうしたのだ?』


私は恐る恐る聞いた。
おそらく答えは。


「わからないの。いつから彼女が私の前から消えてしまったのか」


ゲーデはそう言うと額を抑えた。


「思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなる」
「無理はしないほうがいい。きっとすぐにゲーデの前に現れてくれるさ」


ライツァーはゲーデの肩に手をかけて言った。

なんたる偽善者振りだろうか!
ゲーデからある特定の事柄だけを記憶から消しておいて、その言葉はないだろう。


「優しいのね」
「そんな事言うなよ。照れるじゃないか」


本当に照れたように頭を掻いた。
きっと心底ほくそえんでいるのだろう。

それにしても、あのゲーデがライツァーの前ではこんなにも素直になっている。
記憶さえ消されていなければきっとこの部屋は血まみれになっていただろうに。

ライツァーの力は日々進化している。
以前出会った頃に比べるとそれがハッキリとわかる。
今では特定の感情を激しくして、そのショックから特定の記憶を消す。
つまりライツァーは相手の過去と経験さえ知っていれば、記憶を消す事が可能になっていたのだ。

ゲーデの記憶からはライツァーがした事が取り除かれてしまっている。
今のゲーデは、ゲーデとライツァー、そしてソロネは昔の関係のままだと思っているという事になる。

なんたる事だろうか。
ライツァーは自分の興味だけの為に人の記憶や感情を操作してしまっているのだ。

誰か、ライツァーを止める者はいないのか。
このままライツァーがさらに進化を遂げた時、どうなってしまうのか私には全く想像もつかない。
ライツァー本人にもそれはわからないだろう。

ゲーデは自分の肩に置かれたライツァーの手に、自分の手をそっと重ねた。


「ライツァー。アナタはいつもそう。ずっと私とソロネに優しくしてくれた」


もしかすると、ゲーデはあんな事が起きたせいで自分の心を冷たく閉ざしてしまったのかもしれない。


「それは当たり前の事だ」


さらにライツァーへの憎悪の感情だけが私の思考を取り巻いてゆく。

これはライツァーに操作されているわけではないだろう。
絶対に私という1つの個としての感情だ。

ライツァーだけは何があっても止めなければならない。

楓よ。
こいつを、ライツァーを止めてくれ。

ゲーデとライツァーの二人はそっと口付けをかわした。
窓から見える闇夜が、まるでライツァーそのもののように恐ろしい程の暗黒に包まれていた。





























森から抜け出し、随分と歩き、ようやく辿り着いた街は高くそびえたつ家ばかりが目立っていた。
ビルなど呼べる建物は全くなく、全て家。
見渡す限り、家。
周囲を見渡しても店や畑さえも見当たらなかった。
きっと人が多い街なのだろう。
私は眠るイリスを背負いながらため息をついた。
宿はあるのだろうか。
喫茶店さえも見当たらず、私は様々な高い家々を眺めながら途方もなく歩いた。
とにかく街の中心に行こう。
そうすれば何かしらあるだろう。
しかし街は随分と大きいらしく、歩けど歩けど街の中心が見当たらない。
私には家ばかりの風景さえも変わらないように見えてしまう。
ずらりと規律正しく並んだ家は全てがひっそりと静かに身を潜めているかのように静かだった。
じっとしたまま、私達を睨んでいるのだ。
街の出入り口だけがどんどんと小さくなってゆく。
変わっているのはそれだけのような気がしてならない。
私達を見てヒソヒソと会話をする人も幾分かいた。
そりゃぁそうだろう。
私もイリスも泥だらけで疲れ切った顔をしながら歩きつづけているのだから。
変だと思わないほうがおかしい。

「ちょっといいかい?」

私が家の事について何か考えようとしていると、そんな声がかけられた。
私は無言のまま声がかけられた方へと顔を向けた。
声をかけてきたのは少しばかり痩せ気味に見える眼鏡をかけた青年だった。

「もしかして、宿を探している?」

私は素直に肯いた。

「辞めておいたほうがいい。というよりも、ここには宿なんてないよ」
「本当ですか? それは困りますね……」

本当に困った。
こんな疲れ切った体では街の外に出るわけにはいかない。
第1、小さなイリスがいるのだ。

「良かったら僕の家に来ます? 少しくらいの食事なら出せますし」
「良いんですか?」

私は青年をじっくりと観察した。
とても悪人には見えない。
本当に、彼の善意で言ってくれたのだろう。

「ただ、僕が指定する部屋からは1歩も出ないで下さい」
「別にそれくらい構いませんよ。文句が言える立場ではないですし。それでもお礼が言いたいぐらいですよ」

青年は「ついてきて下さい」と言って歩き出した。
私はそれに従って、彼の横について歩いた。

「宿が無いってどういう事ですか?」

と私は尋ねた。

「簡単な事です。この街には外から人が来ないんですよ」

なるほど。
それなら確かに宿はいらない。
いや、それでも。

「人が来ない?」
「はい。この街は面白くありませんからね。観光にもなりませんし。それに」
「それに?」
「いや、何でもありません」

彼はニコリと微笑んで眼鏡を押し上げた。
それから私達は黙ったまま歩きつづけた。
やはり背の高い家々は静まったまま私達を睨んでいる。
どれくらい歩いたのか検討がつかない。
何しろ、ほとんど変わらないような場所を歩きつづけたのだ。
時間の感覚が大分鈍っていた。
青年の「この街はつまらない」という言葉が頭の中で浮かんだ。

「ここです」

青年はそう言って彼の家らしい建物を見上げた。
他の家と、どこか違うところがあるのだろうか?
本当にそう思ってしまった。
それでも青年が自分の家だと言うのだから区別くらいはつくのだろう。

「申し送れました。僕はスティッツと言います」

スティッツはそう言って手を出した。

「楓です」

私はそう言ってスティッツの手を握って握手をした。

「背中で眠っているのがイリス」

そう付け足して。
やがて私達はスティッツの家についた。
スティッツの家の玄関は2階にあるようだった。
家の外に付けられた階段を上った。
スティッツは鍵でドアを開けてから「どうぞ」と言った。
私は頭を軽く下げて玄関へと入った。
さすがに堂々と家の中へ入るわけにはいかなかったので、スティッツが先に入るまで玄関で待っていた。
彼はドアに何重にも鍵をかけてから私の顔を見た。

「随分と汚れてますね。シャワーでも使いますか?」

私が答える間もなく、彼は浴室へと私を案内してくれた。

「すみません」
「いえいえ」

彼はまた微笑んでから眼鏡を押し上げた。




























「なんで泥だらけだったんですか?」

とスティッツは言った。

「森で【unfamiliar】に襲われまして」
「なるほど。それは大変だったね」

スティッツは眼鏡を押し上げて言った。

「何か飲みますか? と言ってもコーヒーくらいしかないけど」

コーヒー。
あの黒くて苦い飲み物。

「お願いします」

スティッツは肯き、キッチンへと向かって行った。
私は今自分がいる部屋を見渡した。
大きなテーブルが一つ、椅子が四つ。
本棚が二つある。
他にはこれといって目立つような物はない。
わりと質素な部屋だ。

「お砂糖はどれくらいですか?」

キッチンからそんな声が聞こえてきた。
普通はどれくらい入れるのだろうか。
コーヒーなんて好んで飲んだ事がなかったので全くわからなかった。

「一杯で」

と私は言った。
この部屋から見える風景は私が思っていた街並みとは随分違っていた。
ちゃんと店がいくつか並び、公園もある。
今は夜なので店にも公園にも人は見当たらない。
丁度、私が見ている風景はこの家の入り口から反対側である。
表通りは家々ばかり並び、裏通りに店や公園がある、といったところだろうか。
人のいない静かな店も、寂しさが伝わってきそうな夜の公園も、電灯の灯りでいっぱいだった。

「この街は明るいでしょう」

スティッツはそう言って私の前にカップを置いた。
私は礼を言ってからまた窓の外を眺めた。

「明るすぎではないですか? 少なくとも私は中々慣れそうにありませんよ」

コーヒーを一口飲んでみる。
やはり、苦い。

「確かにそうですね。でも、これでもまだ明かりは足りません」

スティッツは窓の外を睨んでいる。

「まだ暗いと?」

私はコーヒーの入ったカップをテーブルの上に置いてスティッツの顔を見た。
コーヒーはゆっくりと時間をかけて飲もう。

「ええ。まだまだ暗いですね。それでも昔に比べれば随分と明るくなりましたが」

これ以上明るくしてどうするのだろうか。

「僕の家の玄関が2階にあったのは理由があるんです」

いつのまにかスティッツは窓の外ではなく、私を見ていた。
私は突然変わった話に驚いた。

「どういう事です?」
「玄関が2階の家は僕の家だけではありません。少なくとも、この街の家は皆玄関が2階についています」

苦いコーヒーを口に含んだ。

「言っていいものなのかわかりません。でも、そんな決まりは無いので話ます」

私はカップに口を付けたまま肯いた。

「実は、この街は呪われているんです。だから観光客は来ないし街は明るくなってゆく一方」

街が明るくなるのは関係あるのだろうか。

「呪い、ですか?」
「ええ。呪われているのです。詳しくは言い難いのですが、確かに呪われています」
「それはどんな呪いですか?」

呪い、言葉では聞いた事があるが実際のそれを体験した事はなかった。

「今夜、部屋から窓の外を覗いて見て下さい。きっと何か見えるはずですよ」

彼はそう言って眼鏡を押し上げて微笑んだ。
呪いの話なのに何故笑う事ができるのだろう。

「ただし、声をあげてはいけません。彼らは音に敏感ですからね」
「彼ら?」
「はい。彼らです」

【unfamiliar】だろうか。
それとも特別な人間がうろついている?
私は様々な考えを思い浮かべてみたが、一向に答えらしい答えは思い浮かばなかった。

「見つかっても、対して悪い事はされません。ただ、彼らに目をつけられます。彼らはいつでも楓さんを見る事になりますよ」

言っている意味が中々理解し難い。
つまり、彼らに見つかるといつでも彼らが私を見ているという事になるのだろう。
隠れても、隠れなくても、どこにいても。
それは随分と不気味だ。

「見つかりたくないでしょう?」

私は何度も首を前後に振って肯いた。

「だから、玄関が2階にあるんですよ。少しでも彼らと自分達との距離を離すためにね」

私はコーヒーをまた口に含んでからなるほど、と思った。
誰だってそうするだろう。
私だってそんな気持ちが悪い彼らと少しでも近づきたくないと思う。

「それに彼らは明かりを嫌います。だから街を明るくさせねばならないのです」

彼はそう言ってカップに入ったコーヒーを全て飲み干した。
それから、私は案内された寝室で少しだけ頭を悩ませた。
これから何処へ行くか。
何をするべきなのか。
シュバルツバルトの動きが気になる。
ソロネさん、ゲーデさんがどうなったかも気になる。
それに、ツキカゲがいない。
しばらくして、私はイリスを起こさぬようにそっと窓のカーテンを開けた。
いつものような安宿ならば優しい月明かりが差し込むのだが、代わりに差し込んできたのは強い街灯の光だった。
私は何だか嫌な気分になってしまい、一つため息をついてから窓から見える住宅街の間の歩道を覗いた。
そこにはスティッツの言っていたように彼らが蔓延っていた。
彼らは一つの列を作っていた。
一人? いや、1匹1匹列から離れようとしていない。
全員、きちんと並んでどこかへと向かっている。
どこかはわからない。
ここからだと列の先が全く見えないのだ。
彼らは一直線に並んでいる。
ここから見えるのは列の先に近づくにつれて、だんだんと小さくなっている彼らだけだ。
奥のほうなど蟻のように小さい。
反対側もそうだ。
どこから続いているのかはわからない。
どこからかやってきて、どこかへ向かっている。
私はそれを知りたくなった。
だが、スティッツの言った言葉を思い浮かべ、その好奇心を抑えた。

『彼らはいつでも楓さんを見る事になりますよ』

私は身震いした。
こんなに沢山の彼らに、いつでも見られている?
かなりの恐怖だ。
彼らは【unfamiliar】なんかではないようだった。
姿形が人そのものなのだ。
他に言いようがない。
遠くから見るだけで、「あれは人だよ」と言われればそう思ってしまうかもしれない。
手足は2本づつあり、胴体はもちろん1つ。
顔があり、鼻があり、口がある。
手にはきちんと指がついている。
そして何より、服を着ているのだ。
もはや、人間と言わず、何と言えばいいのだろうか。
ただ、人間とはハッキリと違った大きな点が二つあった。
1つ目に、目だ。
酷く虚ろな目をしている。
あれは文字通り、死んだ魚の目だ。
どこを見ているのか、はたまた見えているのかわからない。
目の焦点はあっていなさそうだ。
もう1つ。
その前身を不可思議な紫色の気体薄っすらとが漂っている。
離れたここからだと、目を凝らさなければ見えない。
薄っすらとだが、それでもその気体の存在感は大きい。
人間から紫色の気体が出てくるなんて聞いた事がない。
息を飲むような音が聞こえ、私が横を向くとイリスが私の隣で窓の外を覗いていた。

「起きてたんですか」

小さな声でイリスに言うと、イリスは黙ったまま肯いた。
最近、イリスは素直になっているような気がする。
私の言葉に口は開かないけれど、肯いたり首を振ったりしてくれる。
壊れた感情が戻ってきている?
様々な物に興味を持ち、自分の意思を持って行動する。
森の中で蝶を眺めたり、私の手を握ったり。
それは全て感情と呼べる物があるからこその行動だったのだ。
つまり、感情は完全に壊れているわけではなかったのだ。
自分の意思を持つ者こそが人だ。
完全に壊れた時、それは人と呼べる存在なのだろうか。
森の中で【unfamiliar】に襲われ、何者かに倒され目覚めた時、その時からイリスが変わったように思える。










…………。










何かを忘れているような気がする。
変わった。
確かにイリスはあの時から変わった。
だが、それだけではなかったと思う。
何かを忘れているのだ。
イリスはあの時……。

「誰?」

と、そんな声が聞こえた。
私は驚いてイリスを見た。
イリスは窓の外を睨んでいる。
今、イリスが口を開いたのだろうか。
その口は固く結ばれ、2度と開きそうには見えない。
その目はどこを見ているのだろうか。
窓の外には彼ら以外何者もいない。
暗く、静まり返った家々だけ。
ふと、彼らの通る道路に目を落とした。
そして驚いた。
彼らがこちらを見ているではないか。
全員、その目を大きく開いてこちらを凝視している。
その歩きは止まり、列に並ぶ者全てがこちらを凝視しているのだ。

『彼らはいつでも楓さんを見る事になりますよ』

そんなスティッツの言葉が頭の中で思い浮かんだ。
私は咄嗟に身を屈めた。
心臓がバクバクと大きく鼓動しているのがわかる。
この音まで彼らに聞こえていそうでならない。
1度、深呼吸をしてもう1度窓の外を見た。
彼らはまだこちらを見ている。
私は再度身を屈めた。
イリスはまだ立ち尽くしている。
彼らを見ているようには見えない。
もっと上、彼らのいる道路よりも上を見ている。
一体何を見ていると言うのだ。
私は慌ててイリスを屈ませた。





























昨日の夜の事はスティッツには黙っておく事にした。
イリスにも、言ってはならないと注意しておいた。

「おはよう御座います」

部屋を出てリビングへ行くと、スティッツはカップを片手で持ってニコニコと微笑んでいた。

「オハヨウゴザイマス……」

人を騙すという事にはどうも慣れない。

「どうしたんですか?」

顔が引きつっているであろう私に、スティッツは眼鏡を押し上げて訪ねた。
私は両手で頬をピシャリと叩いた。
服の裾をイリスが心配そうに握る。

「ナンデモアリマセン」

スティッツは不思議そうな顔をして私とイリスを交互に見た。
変に緊張しながら、私はテーブルを挟んで彼の向かい側の椅子に座った。

「コーヒーでも入れましょうか?」

私は首を大きく縦に振った。
スティッツは不思議そうな顔を崩さないままキッチンへと歩いて行った。
私はホッと胸を撫で下ろした。
早く、この街を出て行こう。
そうすればスティッツにも迷惑が無いはずだ。
私はそう考えながら窓の外を見た。

『彼らはいつでも楓さんを見る事になりますよ』

その通りだ。
彼らが何処にいるのかはわからない。
しかしその視線だけは痛い程わかるのだ。
私は窓の外を見たが、視線はそこからだけではない、感じがする。
あちこちから、言ってしまうと私の周り360度方向から視線を感じるのだ。

「僕は少ししたら仕事に出かけますが、楓さんはどうします?」

キッチンからそんな声がして、私はドキリとして考えるのを止めた。

「し、仕事ですか?」
「ハイ。まぁ、電気関係の会社ですよ」

彼はコーヒーの入ったカップを持ってリビングへと戻ってきた。

「電気関係の会社、ですか。どんな事をするんですか?」

私は賞金首を狩ったり、野草の薬草を売ったりで生計を立てきた。
普通の仕事、という物が良くわからない。

「そりゃぁ、発電ですよ。発電。なんてったって、この街で電気はいくら作っても足りない物ですからね」

電気とは作る物だったのか。
私はスティッツの話に曖昧に肯きながら関心した。
私は電気とは、どこか地下のような場所に鉱物のように隠れていて、それを発掘して持ってくるものだと思っていた。
鉱山ならぬ、電気山。
そもそも、電気など滅多に関わりのないシロモノだ。
暗い時は月の明かりで充分なのだ。
もしもそれで不便ならば薪を集めて火を起こせば良い。
火は良い。
明るいし、暖かいし、それに物を燃やせる。
それに比べて電気はどうだ?
ただ無駄に明るいだけではないのか?
それとも他に使い道があるのだろうか。
もしかすると、これは田舎者の考えなのだろうか。

「楓さん。何かありました?」

スティッツは困惑している私を眼鏡を押し上げながら疑惑の目で見つめた。
冷や汗が出る。
どらくらい経ったかはわからない。
もしかするとほんの数秒しか経っていないかもしれない。
兎に角、スティッツは口を開いて静寂を破った。

「ああ、夜中に彼らを見たんですね」
「え? ああ、そうです、そうです」

私はカクカクと何度も肯いた。

「確かにアレは初めて見た時は驚きますね。私はもう慣れましたが」

スティッツは納得したような顔をしながら窓の外を眺めた。
私はカクカクと何度も、何度も肯いた。

「慣れてしまっても、あんな物は好んでは見ませんけどね」

そう言ってスティッツは笑った。
私も苦笑いしてみせる。
そしてある事にふと気がついた。

「彼ら以外にも、ここには何か出るんですか?」

イリスが私の手を握った。
彼は口につけようとしたカップの動きを止めた。

「何か見たのですか?」

スティッツの顔から、いつのまにやら笑顔が消えていた。

「え? いや、ただ気になっただけです」

と、嘘をつく。

「彼ら以外に何もありませんよ」

スティッツはそう言うと、再び笑みを作って見せた。
何故だろうか。
私にはそれが【笑】という感情を含んだ笑みにはとても見えなかった。
私は、そうですか、と言ってコーヒーを口にした。
昨日程はマズイとは思わなかった。

「それで、楓さんはどうします? 観光でもしますか?」
「いや、なるべく早くここを発ちます」

そう言ってイリスの頭を撫でた。

「そうですか……。では、これでお別れですね」
「はい」

スティッツは一人肯き、空になった二つのカップをキッチンへと運んで行った。
それから彼は荷物を取りに自分の部屋へと向かった。
私は特にこれといった荷物も無いのでイリスの相手をしながらそれを待った。
三人一緒に家から出た。
階段を下り、私とイリスはスティッツと向かい合った。

「お世話になりました」

イリスの頭を下げてから、自分の頭も下げた。

「いえいえ、別に構わないですよ」

頭を上げると、スティッツは眼鏡を押し上げながら空いた手で頭を掻いて気恥ずかしそうに笑った。

「もしもまたこの街に来る事があれば、会いに来て下さいね」

スティッツはそう言って手を差し出した。
火を起こす田舎者だろうと、電気を使った都会人だろうと、共通の礼儀はある。

「絶対来ますよ」

私はそう言って彼の手を握った。
イリスが周りを見渡した。
彼らは、私達のそんな一部始終をずっと見ていた。











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