『壱拾壱』














「脆い」

後ろから、ハルピュイアの顎を砕いた人物が口を開いた。
砕かれたハルピュイアは、目を引ん剥いて何かを訴えかけるような目をして倒れた。
男だか女だかわからない姿をした人物は、真っ赤な血を浴びていた。
男性であれば好青年、女性であれば美女。
そんな両性を持っているような姿である。
しかし声だけは男性のソレだった。
それからその人物は自分の血だらけな手を見た。
確かめるようにして手を何度も開閉した。
手を振ってその血を振り払った。

「こんな物か」

そう言うと、ハルピュイア達と楓を見据えた。
楓は突然現れた人物に礼の言葉をかけようとした。

「いや、違う」

まるで楓の言葉を先に読み取ったかのような言葉だった。

「別に助けた覚えはない。気になっただけだ」

そう言ってイリスを見た。
ハルピュイア達はお互いの顔を見合わせて囁きだした。
突然現れ、自分達の仲間を破壊した人物の対処に困っているのだ。
その会話は、丁度このように話しているように見えた。

『どうする』
『仲間、殺した』
『アイツ、殺す』

その会話からは、とてもシンプルな答えが生み出された。
彼女達はもう1度顔を見合わせると、全員が目標へと目を向けた。
そのシンプルな答えへを実行するため、1匹のハルピュイアが近づいた。
男はまるで自分には無縁の事のように振舞った。
ハルピュイア達を見ていないのだ。
じっとイリスを見ている。
そしてイリスの青い髪を指で絡め、引っ張り上げた。

「何を……っ!」

楓は叫ぶがハルピュイア達が邪魔で近づく事ができない。
男はイリスの顔を自分の顔の位置まで上げた。
髪の痛さの為か、イリスは目を覚まし、その目を開いた。
目の前に、知らない男がいる。
髪が引っ張られ、痛い。
そうであるはずにも関わらず、その顔は無表情なままだった。

「面白い」

男はそう言ってイリスの髪を離した。
イリスが腰から地面に落ちる。
男はイリスを見下し、イリスは男を見上げた。
そこでようやくハルピュイア達が動き出した。
跳躍する者もいれば、走り寄る者もいた。
全て男という目標に向かっている。
突然、先頭を切っていたハルピュイアが、はじけた。
はじけた。
その言葉は随分と適切だった。
内側から爆発でもするかのように、ハルピュイアのあちこちの体の個所が吹き飛んだのだ。
肉や、皮や、骨が、それぞれを結合するための物を失ったかのようだった。
全て思い思いの方向へと、勢い良く飛んで行った。
仲間の元へと、木々の中へと、楓の髪の上へと、そしてイリスの頬へと。
不思議な事に、男へだけは飛んでいかなかった。
一瞬、全てが凍りついたかのように静まり返った。
それからハルピュイア達はギャァギャァと喚き出す。
そして我先にと逃げて行くではないか。
木々の中に隠れて様子を見る、という事もせずに全てが遠くへと逃げて行く。
なるべく遠くへ、少しでも遠くへ。

「ふん」

それを見た男はさもつまらなさそうな顔をした。
楓は何て言えばいいのかわからず、その口は開きっぱなしである。

「ライツァーも面白い物を作った物だ」
「ライツァー!?」

聞き覚えのある名を聞き、楓の口からようやく言葉が出た。
忘れもしない、その名前。
イリスの感情を破壊した人物。
ライツァー。
サァ、と巨大な暗雲から雨が落ち始めた。
重力に逆らわず、1つ1つ同じような量で落ちてゆく。
男の肩を打ち、楓の頭を打ち、イリスの髪へと流れ、地面に流れる血と混ざり合った。

「安心しろ。危害を加えるつもりは、今はない」
「今は……?」

楓は自然と握りこぶしを作っていた。

「そうだ。今は、だ。その気がないからな」

そう言いながらイリスとみつめあう。
相手の瞳の奥をじっと観察しあった。
楓はそこで気がついた。
男の表情もまた、現れた時から全く変わっていないではないか。
無表情同士がみつめあうその姿はなんとも言えない光景だった。
ハッキリ言って良い光景ではない。
人の仮面を被った別の何かにも見えた。

「助けてくれた訳ではない、という事はアナタは味方、ではないんですね」

男は楓へと顔を向けた。

「今のところはな」

今のところは危害を加えるつもりはない、という事は敵に近い存在。
しかし、味方ではない、という事は敵を示すはずなのに男はそれさえも否定した。
それもまた、『今のところは』という曖昧な表現で。
男は雨に流されてゆく自分に付着した血を眺めた。

「お前は」

それは誰に対してだったのだろう。
とにかく男は口を開いた。

「面白い存在だ。だから、今のところはどちらでもない。私は傍観者を決め込む」

楓には男が何を言いたいのか理解できなかった。

「昔のようになるか、それとも」

そこまで言って男は口を閉ざした。
それから楓へと視線を移した。
交差する視線。
互いに相手を牽制するかのように睨み合った。
突然、また、突然だ。
楓の目の前の土がはじけた。
土や草や、雨水が楓の目の前で飛び散った。
楓はそれを避けずにじっと飛び散った土の向こうにいるはずの男を見据えていた。
それから楓の体がぐらりと傾いた。
原因不明の不可視な力に楓は打ちのめされた。
ゆっくりとその意識が遠のいてゆく。
楓の朦朧とする視界の中、イリスの額に手を置く男の姿があった。
























少女は混乱していた。
自分の頭の中を駆け巡る様々な感情。
無理矢理押し込められた様々な記憶。
全て断片的でハッキリとしない物ばかりだった。
両膝を突いて頭を抑える。
いくら抑えてもその混乱とキリキリと襲う激しい痛みは止まない。
自分が何者で、今何をして、何故こんな状況下にあるのか、そんな事さえも考える余地がない。
雨は無情にも少女を打ち付ける。
少女は水溜りの中に映る人物を、激しい痛みと戦いながらを見た。
それは苦しげな表情をしている少女だった。
頭が酷く痛むらしく、頭を両手で抑えている。

これは、自分じゃないか!

水溜りをその腕で払った。
痛い、痛い。
地面を殴りつける。
しかしその拳も痛みを覚えるだけで何も良くはならなかった。
髪を掻き毟り、歯を食い縛る。
頭の中はぐるぐると何回転も回転している。
少女はたまらなくなって目を閉じた。

血しぶき、断末魔、飛び交う刃。

そんな映像がまぶたの裏に焼きついた。
驚いて目を開けるが、その映像は視覚として捉えられていた。
目の前に幻想として現れ出す。

目玉が鈍い音を立てて潰れ、足が砕け、腕は切断される。
首が切り落とされ、内臓が裂けた腹部からはみだし、口裂け女のように裂けた口がニィ、と笑みを浮かべた。

少女は自分の前を手で塞ぎ、よろよろと立ちあがった。
ここから移動すれば良くなるかもしれない。
そんな微かな希望を持ち、少女は立った。
それでも映像は止まらない。

刃物がヒトの肩口を抉り、鼻を削ぎ落とし、頬の肉を貫いた。
歯が砕け、指が飛び、耳が落ちる。

少女は息を切らしながらふらふらと歩きはじめた。
突然映像が止んだ。
少女は足を止めた。
それから自分の小さな手を覗きこむ。

ああ、もう大丈夫なのだろうか。
寒く、辛い恐怖はもう消えたのだろうか。

それから驚いたように水溜りに映った自分の顔を見つめた。

怖い。
一体これはなんだ?
【恐怖】とはなんだ?

……!?
どこから【恐怖】という単語が現れたんだ?

わからない。
自分が、何もかもがわからない。

誰か、誰か助けて――。

突如、新しい映像が展開された。
それは先程よりもより鮮明で、よりリアルだった。
目の前に、幾多もの物が現れた。
それは全て固定された形ではなかった。

鋭く尖った物や、滑らかな弧を描く物。
大小も様々だった。

それらは少女に苦を与えず、むしろ楽にさせていた。

1本の刀が空から降り落ちた。
その刃は美しいほどに光り輝いている。
もう1本、刀が降り落ちた。
しかしその刀をハッキリと確認する前に、刀達は消えた。

それからぼんやりと2人の人物が現れた。
1人は黒く、大きな鎌を携え、鋭く尖った羽を持っていた。
それは、死神だった。
恐怖の象徴だった。
もう1人は対照的に、白く、光り輝く1本の剣を携えていた。
羽は少女をやさしく包みこみそうに、やわらかかった。
それは、天使だった。
希望の象徴だった。
彼女達は互いに付かず離れずの距離を保ったままだった。
そして互いの武器を交差させた。
その交差された武器から眩い光が放たれ、少女はまぶたを閉じた。

しばらくして、静かにまぶたを開いた。
するとそこには死神と天使の姿がなく、代わりに別の人物が立っていた。
その人物はイリスの知らない服を着ていた。
しかし、何故か少女にはその服に見覚えがある。
目をこすってみると、その人物の姿がハッキリと浮かび上がった。

「イリス」

その人物が言った。

イリス……
誰だ?

混乱する頭の中、しかし、その思いだけはそこに固定されたかのようにピタリとして動かなかった。
その答えを探す考えだけ、冷静だった。
熱く、めまぐるしく飛び交う思考と、冷ややかに固定された思考とで分離されていた。

「イリス……」

その言葉を口にして足を踏み出した。
映像はすでに消えている。
柔らかい何かに足が触れた。
少女は眉をひそめてそれを凝視した。
それは、あの映像の中で口を開いた人物だった。
額から血を流し、倒れている。
その血は雨と混じり、泥と混じっていた。

「楓……」

少女はその人物の名を口にした。

「イリス……」

それからすぐに自分の名も口にした。

「イリス……」

もう1度口にして空を見上げた。
雨はすでに止んでいる。
巨大な暗雲が移動して、光が差し込んでいる。
イリスはそれを睨んだ。

今やらねばならない事……

イリスの頭の中は自分でも驚く程落ち着いている。

今やらねばならない事……

「何かあったんですかぁ」

後ろから声がかけられた。
イリスは振り向いた。
そこには丸い眼鏡をかけた、大人しそうな女性が傘をさして立っていた。
イリスはシュバルツバルトから派遣されたマリィ・グレイブスを睨んだ。

今やらねばならない事。



























それは、楓を守る事。


























「え〜と、初めましてこんにちは」

マリィは小さな少女にペコリと礼をした。

「何があったんですか?」

倒れている楓と周りの凄惨な光景を見て眉をひそめた。
イリスは黙ったままマリィを見ている。

「私に教えてはくれませんでしょうか」

その言葉はあくまでも丁寧だ。
イリスは何も答えずにじっとただ黙っている。
それでもマリィはニコニコと人の良さそうな微笑みを絶やさずに答えを待った。
それから思い出したかのように傘をたたんだ。

「ここに男が来ませんでしたか?」

イリスの表情が変わった。
男……。
ズキリと頭が痛む。
わからない、わからない。

「大丈夫、ですか?」

マリィが顔を覗きこむ。
イリスはその視線を振り払うようにマリィを睨みつけた。

「教えてもらわないと、私が困るです」

一向に話そうとしないイリスの様子を見て、マリィは顔をムッとさせて言った。

「……」

イリスは1度だけ楓を見た。
それから口を開いた。

「何、も……、話す、事、なんて……ない」

一単語ずつ何かを思い出すようにゆっくりと言った。
マリィの眉がピク、と一瞬だけ吊り上がって元に戻った。

「お願いです」

頭を下げた。
深深と体を90度にまで曲げてしまわんばかりの勢いで。

「帰……、って」

マリィの頭に向かって言った。
マリィは頭を下げたまま、硬直していた。
膝の前で組んでいたはずの手は、両手とも握りこぶしを作っていて、ワナワナと奮えている。
イリスはただじっとそれを見守っている。

「……やがって」

それは小さな呟きだった。
随分と前から呟いていたのかもしれないが、小さく、イリスの耳まで届いた。

「調子に乗りやがって」

今度はハッキリと、大きな声で言った。
それからすぐに顔を上げた。
その顔からは笑みが消え、代わりに怒りの表情が貼り付いていた。
先程の人の良さそうな顔ではなくなっている。
そして、その手に握られていた傘は、ライフルへと変わっていた。

「死ね」

マリィはライフルをイリスへと向けた。
ターン、と音が聞こえ、木々に止まっていた鳥達は一斉に飛び立った。
雨が上がり、嬉しそうに泣き始めていた小鳥達でさえも。
イリスの体は自然と後ろへとバック転していた。
後ろに体を反り、ぬかるんだ地面に手をつき、その手で地面をはじいた。
まるで蝶が舞うような、綺麗なバック転だった。
着地も綺麗に仕上がり、今度は横へと跳んだ。
マリィは少なからず驚いた。
なんでこんな餓鬼にあんな動きができるのか、と。

「うざってぇな!」

ガシャ、と撃鉄を起こす。
それからすぐにイリスへと銃口を向けた。
ターン、とまた鳥が飛び立った。
イリスが元いた地面が吹き飛ぶ。
マリィは避けられた事に舌打ちをして、また撃鉄を起こした。
ターン、ガシャ、ターン、ガシャ、ターン
イリスの頭の中は混乱していた。
楓を守る為、今対峙している女と戦う事は決意した。
しかし、何故自分はこんな動きを展開させているのだろうか。
ビシャァ、と自分の足元の泥が吹き飛んだ。
ガシャ、と次の弾の準備が終わる。
動かなければ。
イリスは考えるのを止めた。
体の赴くままに任せた。
ガシャ、ターン、ガシャ、ターン
ガシャ……カチ、カチ

「あぁ!?」

カチ、カチ
ライフルの弾が底を尽きた。
マリィは舌打ちをすると、ライフルをイリスへ向けて放り投げた。
イリスはそれを半身で交わしてマリィへと接近した。
自分は今あの女へと接近している。
つまりこれはチャンスなんだろう。
意外な事に、イリスの思考は冷えきっていた。
あと少し、あと少しで女の元へ近づける。
そこまで来た時、マリィの口の端が吊りあがった。
本能的にか、イリスは咄嗟に横へ跳んだ。
笑ったのだ。
武器を失ったやつが。 ビシャァ、と泥が中を舞う。
しかし先程のそれとは大きく違った。
泥の跳ね具合など比では無い。
イリスがマリィを見ると、マリィはいつ、どこから取り出したのか散弾銃を構えていた。

「五月蝿いやつにはこれだわな」

しっかりとイリスへと狙いを定めている。
イリスは木々の中へと走った。
自分のすぐ横の泥が弾けとぶ。
ヘッドスライディングの要用で木々の中へと跳んだ。
すぐ横手にある細長い木が弾けた。
パアァン、パアァン、と規則的に銃口が火を吹く音と木が弾ける音がする。
イリスは内心、両手で頭を抑えてびくびくと奮えていた。
しかし体は違っている。
音を立てないようにそろそろと移動を開始していた。
目立たぬよう木や草の間から相手の様子を何度か伺う。
マリィは手当たり次第、あちこちに向けて弾を放っている。
あの様子ならば弾がつきるのは時間の問題。
イリスはマリィと丁度反対側になるよう、木にもたれかかった。
すぐ近くの土がはじけた。
それから幾分離れた場所の土が舞う。
イリスは胸を撫で下ろした。
向こうがこちらに気付いている様子はない。
やがてカチ、カチといった音がイリスの耳に入った。

「もう弾切れじゃねぇか!」

マリィの激昂が聞こえる。
イリスはすかさず飛び出した。
その時、マリィは丁度散弾銃を投げ捨てているところだった。
好機――。
そう思ったその時。
イリスの腹部を激しい痛みが襲った。

「見ぃつけた」

長い棒を持ったマリィがニィ、と笑みを浮かべた。
イリスは何回転も地面を転がった。
片手を地面につけ、その力だけで跳ね起きる。
いつのまに棒など取り出したのだ?
一瞬、一瞬の間でも考える事をやめない。
それを止めると自分の体が自分の物ではなくなってしまうような気がしたから。
すぐさまマリィを睨みつけた。
イリスのその顔は、すぐに驚きの表情を作った。
マリィの手にはイリスを吹き飛ばした棒など握られていなかった。
ライフルも散弾銃も、そして消えた棒も……。
イリスは息を切らしながらマリィを観察した。
どこから出した?
そもそも、【取り出す】という行為が見られなかった。
初めから、自然にマリィの手の中にあるように思える。
武器をしまうような入れ物など持っていない。
あの服の中に入っていた?
それにしては特別な服には見えない。
ライフルも、散弾銃も、消えた棒も入れられるような服には見えない。
では、どこに?

「ったく、うざすぎ!」

イリスの頭の中での思考を知ってか知らずか、マリィは吐き捨てるように怒鳴り散らした。

「ガキはガキらしく大人しくしてろってんだ!」

次の言葉と同時に、イリスは咄嗟に後ろへ跳躍した。
イリスがいた場所を白刃の軌跡が通った。
その軌跡はイリスの目の前を通りすぎ、地面へと突き刺さった。
長い風になびいたイリスの青い髪をその軌跡が切り払った。
まただ。
また、いつのまにやらマリィの手には武器が握られている。
今度は白い剣だった。
その刃はきらきらと木漏れ日の光を反射させている。

「……っかぁぁぁぁ! うざってぇ!」

イリスは驚いた。
手にしたばかりの剣をイリスへと投げつけたではないか。
イリスが横へと身をずらすと、剣はあっけなく地面へと突き刺さった。

「終わりだぁ!」

その声にイリスは慌ててマリィを見た。
その手には散弾銃が……。
目の端にマリィが捨てた散弾銃が映る。










また? 持って……?

逃げ……。

撃たれ……。

跳……。

どっち……?

右。

避けれ……?

わから……。

早……。

体が勝……。

前。

何故?

わか……。

止……。

無理。

どう……?

間に……?

銃口が……。

来……。

当……?










イリスには恐ろしいほどに動きがゆっくりとしたものに感じた。
マリィの動きも、自分の勝手に動いた体も。
そのゆっくりとした一瞬一瞬の中で、イリスは何重にも考えを張り巡らせた。
自分でも、何故こんなに考えを導き出せたのかわからない。
イリスの体は勝手に、マリィへと跳んでいた。
体制をあらんばかりに低くして。
ゆっくりとした世界の中、イリスは見た。
まるで自分だけ別の世界からその行動を見ているようにも見えた。
そう。
自分で動いている気がしないのだ。
イリスは前へと跳び、その際にマリィが投げた剣を地面から引き抜いた。
マリィの散弾銃の銃口がようやく火を吹き、弾はイリスの頭があった場所を通って行った。

「てめ」

イリスが跳んできた事に驚いたマリィは、後ろへと跳躍する。

「ぇ!」

その服をイリスの持った剣が裂いた。
イリスはさらに追い討ちをかけようと後ろへと跳躍したマリィへと肉薄する。
一気に間合いはつまり、剣をマリィの胸へと突く。

「うぜ」

しかし刀身が散弾銃に弾かれる。

「ぇん」

剣を持った手が高々と上を向く。
弾かれた勢いで、制御が利かなくなっていた。

「だよ」

マリィは散弾銃をイリスの胸に突き付けた。

「ぉ!」

その指が引きがねに触れる。
力が込められてゆくのがわかる。
イリスには、さらに世界が減速した。
指の1つ1つの動きでさえも手に取るように確認できる。
イリスの弾かれた腕へも力が入った。
剣を縦に、振った。
その動きだけは他のどの動作よりも早く見える。
その一撃は散弾銃を持つマリィの腕を、両断した。

「がぁ」

イリスは動きを止めなかった。
マリィがその痛みに顔を歪める。
傷口を抑えようとする。

「っ!」

次の軌跡は脇腹から肩への逆袈裟だった。
マリィは腕を抑えなかった。
イリスには腕を抑えるように見えただけ。
剣の動きがマリィの脇と胸の中間辺りでピタリと止まる。
まだ刃は肉に到達していない。
服を裂き、皮を少し傷付けただけ。
ようやくイリスに正常な時間の流れが戻ってきた。
額に冷たい銃口が突き付けれている。
今度こそ、武器を取る暇などなかったはずだ。

何故……。

「取り引きといこうか」

ハァハァ、と息を切らしながらマリィが言った。
イリスは黙ったまま銃口を睨み付ける。

「ここで何が起こったか。それだけ教えてくれればいい」

傷口が痛むのか、マリィは顔を歪めた。
イリスはゆっくりと口を開いた。

「わか……、らな、い」
「……」

マリィの激怒はおさまっているのか、随分と冷静だった。
じっとイリスの目を見た。

「本当だな」

瞳の中の、さらに奥を覗いているようにも見た。
イリスは肯いた。

「そうか」

マリィはそう言うと、スッと表情を変えた。

「なら、これを引いてくれませんですか?」

その表情は苦しそうだったが微笑みを作っていた。
イリスは戸惑った。
そして気付いた。
突き付けられていた物が、銃口ではなくなっていた。
鋭く尖った物。
マリィは手に持った剣でイリスの剣を弾いた。
よろけたイリスの腹部に蹴りを入れる。
イリスは背中から倒れる。

「ゴメンナサイです」

ペコリとお辞儀をすると、マリィ・グレイブスは自分の腕を拾って木々の中へと駆けて行った。










説明と登場人物紹介、及び補足等(woods編)







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