幼い少女と少年の姉弟がいました。
少女の名前は裕香ちゃんで、少年の名前は進君でです。
彼らは仲が良く、いつも一緒です。
その日も彼らは近くの公園の砂場で遊んでいました。










「うた」










彼女は二人の少年と少女を見下ろした。
これから告げねばならない事に頭を悩ませる。
何から伝えるべきか。
そもそもこんな幼い彼らに伝わるのだろうか。
伝わったところで彼らはどうするのか。
悲しませるだけではないのか。
解決策にはなるのだろうか。
しかし考えても仕方が無かった。
伝えないという事は彼女の存在意義が消えてしまう。
彼女は死神だ。
それ故に、何があっても告げねばならないのだった。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

進がぼんやりと立っている恭子に言った。
裕香は砂の洞穴を作るのに懸命になってそれどころではない。

「………」

恭子は何も答えずに広がってゆく穴を見つめている。

「お姉ちゃん、一緒に作ろ」

進が立ち上がり、恭子の手を握った。
裕香は視線を穴から恭子へと移してじっと見据えている。
恭子は戸惑った。
彼女はこんな時どうすればいいのかわからなかった。知らなかった。
進は期待に満ちた目で彼女を見ている。
裕香は恭子を見据える事に飽きたのか、再び穴掘りを再開した。
恭子は屈んで髪を小指で鬱陶しそうに後ろへと退かした。
それから裕香の掘っている穴を眺める。
進は一度嬉しそうな顔をして、裕香の穴の深さを確認してから自分の穴を掘り出した。
姉弟で競い合っているのだろう。
恭子はフッと軽く笑みを作る。
そして袖を捲くり自分用の穴を掘り出した。
こんな日も、たまにはいいかもしれない。そう思いながら。
三人は黙々と穴を掘った。
進は

「わぁ、もうそんなに掘ったの」
「お姉ちゃんはまだまだだね」

などと嬉しそうに騒ぎながら穴を掘る。
裕香は黙ったまま、一心に自分の穴だけに集中している。
恭子は手を休めた。
手が、砂だらけだ。
両手を叩いて砂を落とす。
手の爪に砂が入っている事に気付いて眉をひそめる。
しかしそれを取ろうともせず、恭子は立ち上がった。

「実は……」
「知ってるよ」

恭子の言葉を裕香が遮った。
恭子は裕香の言葉をその時初めて聞いた。

「私達のお父さんとお母さんはもういないんでしょう?」

恭子は黙ってしまった。
何も言えなかった。

「もう……、知ってるよ」

裕香は俯いて続ける。

「一番!」

突然進が大きな声を上げて立ち上がった。
恭子と裕香は驚いてその穴を覗いた。
なるほど彼の穴は深かった。
三人の中でも最も深く、そして広い。

「へへぇ」

進は恭子と裕香に向けて彼とびきりの笑顔を作った。
恭子は少し悲しくなった。
それから三人は黙った。
公園には彼ら以外、《誰も》いない。
赤子連れの若い女性達が世間話をしている。
犬を連れてベンチに座った老人が、その陽気でうつらうつらと眠りそうになっている。
その公園には進と裕香と恭子以外、《誰も》いなかった。

「そして、私達が死んでいる事も知っている」

と、間を置いて裕香が言った。

「うん」

と、進。

「そうね」

と、恭子。
恭子は静かにうたを唄いだす。
裕香と進は目を閉じてそれに耳を傾けた。
三人とも、そのうたが何を示すのか、何処に導いてくれるのか知らない。
恭子がうたい終えた時、進と裕香の姿はどこにも見当たらなかった。
三つの穴だけが砂場に残されている。
その穴は、一体何処へ続いているのだろうか。












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