彼女は報われない。
それが定め。
それが運命。
抗えない。
運命には抗うことなどできない。
彼女に出来ることはただ一つだけ。
人の死を、それを見守る事だけ。
それが彼女の定め。
死神として地上に生れ落ちた運命。
抗えない。
抗うことなど許されない。
ましてや人と関わりを持つことなど許されるはずがなかった。















「うた」
















「鈴木恭子、ねえ」
「何だ、お前意外とマニアックだな」
「馬鹿、違えよ!」
「何、何の話?」
「太一がさあ、鈴木の事……」

その言葉は恭子の耳に届いていた。
同じ教室にいるのだ。
ましてや大声で叫ぶ男子生徒の声など教室中に響き渡ってしまう。
恭子は黙ったまま本を閉じて立ち上がった。
男子生徒たちははしゃいでいてその事に気付いていない。
恭子は男子生徒のことを一瞥して教室を後にした。
くだらない。
実にくだらない。
恭子は屋上に続く階段の一番上に座った。
屋上は鍵が掛かっている。
もちろん危ないからで、学校側がそれを考慮したのだろう。
恭子には都合が良かった。
開かない屋上に続く階段など、誰が利用するのだろう。
誰も来ない。
ここならば誰とも関わりを持つことなんてない。
恭子は先ほど読んでいた本を開いた。

「あれ、鈴木さん?」

遠慮がちなそんな言葉が恭子の耳に入った。
恭子は眉をひそめ、本から顔を上げた。
そこに現れたのは先ほど恭子について騒いでいた男子生徒だった。

「いつもここにいるの?」

男子生徒は黙ったままの恭子にそう話しかけた。
恭子は肯く。

「ここっていいよね。誰も来ないから」

男子は恭子の5つくらい下の階段の段差で腰を下ろした。
恭子は黙ったまま立ち上がり、階段を降り始める。
それに気付いた男子は慌てて口を開いた。

「お、俺邪魔だった? 邪魔だったら俺が去るから」
「別にいいの」

恭子は鬱陶しそうに男子を一瞥する。
睨まれたと思った男子は体を強張らせ、口を閉ざしてしまう。
これでいいんだ。
恭子はそう思って階段を降りていく。
階段は5階分もある。
降りるまで時間がいくらかかかる。
恭子は腕時計を見た。
すでに階段を降りていなければいけない時間だったのだ。
あの男子生徒に助けられたな。
恭子はフ、と内心微笑んだ。
そういえば私はあの男子の名前を知らない。
あの男子どころか、私はクラス全員の名前を知らない。
……関係ない。
握り締める本が汗ばんでしまっていた。

「ねえ、鈴木さん」

また、あの男子に声が上から聞こえてきた。
今は3階。
上を見上げると男子が4階から見下ろしていた。

「何」

恭子はそっけなく答えると、見上げるのを辞めて階段の下に見える駐車場を見下ろした。
女子生徒が数人でバレーボールをしている。

「時間、ギリギリだね。急いだほうが良くない?」

遅刻が気になるのなら、話しかけないでよ、と恭子は思った。

「別に遅刻したって構わないわ」
「次の授業は『オニガワラ』だぜ」

『オニガワラ』とは数学の教師の『川原』の事だ。
怒ると鬼のように怖いので、『カワハラ』を使って『オニガワラ』というワケだ。

「別に大した事ない」
「じゃあさ、どっか行かない? 二人でサボってさ」

恭子は眉をひそめた。
何を言っているんだ?
恭子は黙ったまま男子を置いていこうとした。
男子は慌てて恭子の腕を持つ。
恭子は男子を睨みつけた。

「あの、さ。鈴木さんは学校来てて楽しいの?」

突然男子はそう言いだした。
楽しいはずないじゃない。
恭子はそう思った。

「何故」
「だって、鈴木さんが、その、友達と楽しそうに話しているトコ見たことないし……」

楽しそうに話す?
友達なんていない。

「だからさ、もっと楽しもう」

恭子が黙っていると男子は力強くそう言った。
あまりにも意気込んでしまったので、恭子を握る手に力が入る。
恭子は頬を苦痛に顔を歪めた。

「あ、ごめん」

男子はそれに気付くと謝ったが、手は離さなかった。
そしてフ、と笑った。
何が面白いんだか。
恭子は冷めた目で男子を見た。

「俺、三田太一」
「え?」

自己紹介はクラス変えのときにすでに済んでいたはずだ。

「鈴木さん、俺の名前知らないだろ。っつうか、クラスの名前知らないだろ」

恭子は罰が悪そうに顔を背けた。
太一は再び笑った。

「ま、兎に角今はやっぱりサボらないで急ごう。『オニガワラ』怖えもん」

太一はそう言いながら恭子の手を引いて走り出した。
恭子は振り解く気力も起きず、ただただ太一の意外にも大きい背中を見つめながら走った。
やがて教室に着いたが、『オニガワラ』はまだ来ていなかった。
太一はクラスの皆に冷やかされ、それからようやく自分が未だに恭子の手を握っている事に気付いた。
太一は顔を赤らめ、恭子を見もせずに自分の席へとズンズンと大股で歩いていった。
恭子はボンヤリとしたまま、痺れた右手を何度か確かめるように握り直してから自分の席につく。

「おいおい、何いきなり手なんか繋いできちゃってるんだよ」
「五月蝿えな。時間がねえのにモタモタしてるの見つけたから、俺が連れてきてやっただけだ」

恭子はまだ『オニガワラ』が来ないと察して、本を開いた。
本に目を通してはいるが内容など気にしていない。
恭子は珍しく盗み聞きをしていた。
勿論、囃し立てられている太一とその友人の会話を。
一見、恭子には何の変化も見られない。
しかし自分が一体何をしているのか、恭子にはわからなかった。

「オヤサシイコトデ」

太一はその友人の嫌味を聞き、ブスッとした顔になって顔を逸らしてしまった。

「ねえねえ、一体どうしたのよ」
「えー、わかんないよ」
「太一が言ってたようにただの偶然じゃない?」
「そうかなー」

友人関係が見られず、いつもつまらなさそうに学校に来る恭子。
いつも読書をしているところしか見られないのに成績だけは優秀な恭子。
いつも体育を休む恭子。
ある意味で目立っていて浮いた話のなかった恭子はクラスメイトたちにとって謎な存在だった。
そしてそんな鈴木恭子が太一と手を繋いで教室にやってきた。
会話を切らしていた女子生徒たちにとって、これ程の会話の材料なんてないだろう。

「ねえねえ、太一とどうゆう関係?」

恭子に興味深そうに聴いてくる生徒が現れた。
隣に座る、髪を金髪に染めた女子生徒だった。

「別に、何も」

恭子は興味無さそうに答えた。
その金髪の少女はつまらなさそうに口を尖らせ、背を向けてしまった。

「ねえ、アナタ」

しかし恭子は少女を呼び止める。

「何?」

少女は嬉しそうに振り返った。
人懐っこい性格なのかな、と恭子は思った。

「あ、えっと、その、やっぱり何でもない……」

恭子は少女の輝いた目を見て口ごもってしまった。

「何よお、気になるじゃない」

恭子は少しの間口ごもった。
その間、少女はニコニコと微笑んで恭子の言葉を待っていた。

「その、教科書忘れちゃったみたいだから……」
「いいよ、一緒に見ようよ」

恭子は上手く話す事が出来て内心ほっとため息をついた。
恭子の頭の中には太一の「鈴木さんが友達と楽しそうに話しているところを見たことない」という言葉 がもやもやと残っていた。

「ねえねえ」
「何?」
「何読んでるの?」

恭子は自分が片手に持っている本を差し出した。
もしかしたらこうやって本を読んでいる事も人を避けているように見えるのかもしれない。

「げ、アタシにはワケわかんない」

恭子はフフ、と笑った。

「あ、笑った」

恭子は驚いて少女を見つめた。

「あ、ゴメン。だってさ、鈴木さんが楽しそうに笑うの初めて見たから……」

三田君と同じような事を言う、と恭子は思った。
やがて『オニガワラ』がやってきた。
恭子と少女は教科書を共に見ながらその授業をやり過ごした。




























恭子は悔やんだ。
彼女に話しかけてしまったことを。
彼女は数学の教科書を強く、強く握り締めた。








[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析